無気力少年と面談

2学期が終わり、何人かの生徒と面談をした。

全員ではない。

成績下位者ばかりである。一応、進学校と呼ばれる学校の生徒なので能力がないわけではない。勉強のサイクルができていないという問題である。クラブ頑張り過ぎ、反抗期真っ只中などいろいろあるがその中でも、とくに不安になるのが無気力少年である。

彼らははじめから無気力なのではない。

いま、その状態に陥っているだけである。

ただ、その状態をなんとかしてあげたいけど難しい。今日はそんな生徒に対してのかかわり方を考えたい。

この記事のテーマ

無気力少年を理解し、寄り添うための考え方

目次

⬛︎無気力少年とは

⬛︎背景

⬛︎無気力少年とのかかわり方

⬛︎まとめ

無気力少年とは

無気力少年がいる

一時的にやる気がなくなって行動が鈍る生徒は多いが訳が違う

ここ数年無気力だ。授業中に地蔵なのは当たり前として実技教科でも可能な限り動かない最小限の労力で最低限の点数を稼ぐ

これは「働き方改革」の類ではなく内田樹先生の「下流志向」の消費者マインドによる行動原理そのものである。

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会話をしても淡白な受け答えなので会話は続かない。担任は困る。でも、他人に迷惑をかけてるわけではないので本腰は入らない。

こうして無気力であることを何となくオッケーになってしまう。

まあ本人の人生なのでいいんだけど、そこでお節介したくなる人種が教師というものでもある。(多くの人には理解してもらえないだろうが)

背景

このような生徒は珍しくない2:6:2の法則というものがある。

どんな環境であってもアクティブ2割、中間6割、無気力2割になってしまうということらしい。だから自然発生的に無気力な人間が生まれても仕方ないよねということなのだが、教員をしていると「本当にそうなのか?」と思ってしまう。

無気力になるには手順があって、無気力に流れ着いてしまって、にっちもさっちもいかない。そこでどうすることもできない。そんな感じなのではないかと思っている。

まず、彼らに共通しているのは「自尊と承認」の欠落である。

これは宮台真司先生の「14歳からの社会学」で詳しく書かれているので教員の方は読んで欲しい本なのだが、ようは「自尊心=自分は自分のままでいいと思える」と「承認=他者から認められること。それがないと(とくに男は)自尊心は得られない。」がないと安心して社会生活を送れない。

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多くの場合、母親からの「自尊と承認」を得られている安心感があるからこそ、未体験ゾーンに挑戦できる。失敗しても帰れる場所があるからだ。

無気力少年はそこが欠落している。

無気力少年と三者面談をするとある傾向が浮かび上がる。「一方的に母親が話す」「子供の意見は封殺。むしろ火に油を注ぐ結果に」「私はこの子の為にこれだけ努力してきた」「◯◯したんだから◯◯という結果が出るはず」母親の思いを吐露するだけの20分になる。

ポイントは3つほどある

①母親の理想の人物

像母親は子供を守る。そして、子供の将来を安定的なものにしようと必死になる。そこでさまざまな先行投資を行う。

不安を抱えながら、情報を漁り、大学卒業を一つのゴールとして小学4年で塾→中学受験→難関国公立大もしくは医学部へのレールを敷こうとする。

当然、声かけも「その行動を続けていて、将来志望の大学に入れるか」という発想から生まれる。結果が出ないと、どうしても口を挟みたくなる。他者と比べたくなる。

母親もその子供も「難関大学に受かった生徒モデル」の呪いにかけられたような状態に陥っているようにみえてくる。

②父性と母性のバランスが家庭で崩れている

母親もはじめから子供を追い込むような状態にならない。

行き過ぎたときにバランスを調整してくれる人がいれば、こうはならない。ようは家庭内に父性と母性のバランスが取れているかどうか。

父性=父親で母性=母親ではない。父性をもつ母親と母性をもつ父親でも構わない。ようは厳しさを教える一方で、それをフォローする役割をする人が必要なのである。

そのバランスが家庭内でとれていることが子供の成長と心理的安定を保つために必須ポイントであるような気がしている。

これを一人二役でするのは難しい。強く言い過ぎた後ですぐ謝れれば別れずに済んだカップルは無数にいるはずである。だからシングルで育てている人は本当に大変だと推察できる。

教師は父性と母性のバランスが家庭内でどのようなバランスになっているかを推察し、必要なアプローチをしなくてはいけない。父性がなければ時には厳しい指導も必要になる(体罰と怒鳴るのは論外だが)し、家で怒鳴られっぱなしの生徒は受け入れてあげないといけない。

③本人に実力がない。反発力がない。そして逃げ場が塞がれている。

まあ、そもそも実力があれば問題ない。

数学で90点とる生徒に誰もがみがみ言わない。できないことを放ったらかしにするから20点台になる。そうなる前に負けず嫌いな部分があれば、少しはモチベーションになるのだけどそれもない。

レールを走らされてきた人間には、「自分で決めて自分でやる」という発想よりも「怒られないように机に座る、怒られないように隠れてゲームする」という感覚が強く染み付いている。

あとからゲームがバレると取り上げられる、スマホをしているとルールが作られる。そうなるとますますコソコソしだす悪循環である。

ゲームとかスマホなんか関係ない。

自分で決めて自分でやる。そこに大人が付き合ってやる。

その繰り返しが思春期で独り立ちできるかどうかの差になっていくのだと思う。当然、生徒にはそこの話が中心になる。

無気力少年とのかかわり方

①家庭内のパワーバランスを見抜く

さきほどの父性と母性のバランスを考え、偏りがないようにアプローチする。

②話を引き出す

まずは、なにかをさせる、教えるという発想を捨てる。最後には、そこに辿り着くはずである。

徹底的にインタビューから始める。

まずは勉強とは全く関係ないところから「最近はなにをしている時間が1番落ち着くか」「なにが好きなのか」「100万あったら何が買いたい?」なんでもいい。生徒本人が話をするのを待つのが大事である。

つぎに自分の本当の気持ちをさぐる「親に言われて1番ムカついたことは?」「なんでそんなこといわれたのか」「自分はその時どう思ったのか」など。かつての自分と共感できるときは昔話も有効。

吐き出させることに成功したら、本題に入る「何だったらできそうか」「小テストで合格点は取れそう?」「宿題はどうすればできる?手助けしてくれる友達はいる?」という感じで辿り着く。できそうなことを本人に喋らせて、簡単な目標を決める。これはつぎのコミュニケーションのネタであり、出来たできないを厳しくチェックするものではない。

③よほどのことがない連絡しない

「親には連絡しない」と言い切ることが生徒にとっての安心感になる。

安心感なしに自分をさらけ出すことができない。自分をさらけ出したところで教師がすかさず認めてあげることで「自尊と承認」のきっかけができる。

そこにたどり着かないと根本解決はない。

人間はロボットではない「こうすればこうなる」とはいかない。

まとめ

・父性と母性のバランス

・自尊と承認が最終目標

・手順がある。焦らない。

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