【保健の授業】恋愛と性別について

保健の授業

こんにちは。ホケンタイイク246です。

きょうは#水曜日は働かないというテーマのもと、公休日を頂いていますが仕事をしております。嫁と子どもが出かけているのです。。。強制ではなく自分から行うぶんにはストレスが全然ちがいますね。

昼休みは、外国人の方が店主のカレー屋さんへ。ナンも含めてウマし。ナンのお替り2枚してしまいました。そんなお腹をさすりながら記事を書いております。

今回は授業シリーズ。保健の授業で使用するスライドを使用し、解説していきます。一緒に自分の生活について考えていきましょう。

目次

  • 性の在り方は多様である
  • 恋愛は多様である
  • 結局何が問題なのか
  • まとめ

性の在り方は多様である

何を基準として性を別けるのか。

性別という言葉は体のつくりをみて「男か女か」という単純な分別をしてきました。

これが一昔前の“普通”です。

しかし、いまでは過去のものとなり、もっと多様な見方がされるようになっています。

皆さんはこのようなマークを見たことがあるでしょうか。

ソース画像を表示

ここでわかるのは「体つきだけで性別を判断する時代は終わった」ということ。

  • 体つき
  • 自認
  • 嗜好

などによってその人の”性”というものが形作られていると考える時代に突入していることを自覚しましょう。

(自分もこれを機に自覚しようと思います)

そこで入門編として「LGBT」の用語を整理してみましょう。

昔の普通では、

  • 体が男の場合、「自認=男・嗜好=女」
  • 体が女の場合、「自認=女・嗜好=男」

で決まっていました。

そこからはみ出ることは“おかしい人”と見なされ、差別の対象になっていました。

しかし、そうでない人は全体の10%を超えるということがわかっており、

それはその人の特徴であるという認識が一般的になってきました。

「L」や「T」がなにを表しているかを一生懸命に覚えることも大事ですが、

根本的には人それぞれ特徴があるということを理解し、認め合いましょう。

最近のSNSでは人を差別したりヘイトに加担したりする現場がよく見られます。

「不倫」「近隣諸国」「政治」

ほかにもたくさんあるでしょうが、普段コミットしていない問題なのにタイムラインにこのような情報が流れてくると、血相をかえてなぜ石を投げまくるのか。

その石を投げる人の感情や発想を理解しないとこの差別はなくならないと思います。

根本原因はあとで話すとしましょう。

つぎはついに恋愛に移っていきます。

恋愛は多様である

いきなりですが質問!!!恋愛関係のパターンは何個ありますか。(制限時間60秒)

10秒

20秒

30秒

40秒

50秒

60秒!!!

さて、何個あげられましたか?

答えは無数です。

そう言ってしまうと文句が出そうなので、雑誌「東京グラフィティ」#144の特集からザっとあげてみましょう。

  1. レズビアンカップル
  2. 高校生パパママカップル
  3. ゲイカップル
  4. 性別逆転カップル
  5. 国際カップル
  6. 高齢カップル
  7. 年の差カップル
  8. ゲイとストレートカップル
  9. オタクカップル
  10. ドール(人形)と男性カップル

などです。

そんなカテゴライズありなの?ということを思った人も多いかと思います。「男×女」「男×男」「女×女」まで思いついてもそのあとが続かなかった人が多いのではないでしょうか。それだけ恋愛というものを狭く考えているということです。

ここから見えることは

  • 性別
  • 年齢
  • 人種・国籍
  • 人間/非生物
  • 趣味趣向

というさまざまな組み合わせのなかで恋愛が成立し、簡単に分けられるものではないということ。

あなたがどういう恋愛を選ぶかは自由。

また、他者がどのような恋愛を選んでも文句を言える立場ではない。

「わたしは我慢している。だからあなたもこうしろ」というのは暴力でしかないということです。

結局何が問題なのか

思春期に限らず、人は「自分のことをわかってほしい」という欲求があります。

幼稚園児は一生懸命今日あったことを親に喋る

中高生はラインや教室、ファーストフード店などで一生ダベる

大人になれば飲み会のような場所で愚痴る

ということが当たり前のように繰り返されてきました。

当然、込み入ったなかであれば恋愛のことを話すこともあるでしょう。

そこで、自分の本当のことを言えない思春期、その後の生活を送っているということです。

これは、本人にしかわからない苦しみだと思います。

やがて、その苦しみは自分に向けるようになり、責めるようになる。

でも、そもそも苦しみの原因は本人ではなく社会に問題があることは、

忘れてはいけません。

この手の言葉を使いながら「笑う」雰囲気が教室にあると、

その空気を察知して何も言えなくなるのが現状です。

フレディ・マーキュリー

エルトン・ジョン

という二人は性的マイノリティとしての苦しみを音楽に昇華することで、

乗り越えることができたかもしれません。

しかし、本来はそのように苦しむことがおかしいというマインドの変更が令和には必要です。

先ほども述べましたが「差別」「ヘイト」はどこから生まれのか。

それはマイノリティの人からではなく「差別」や「ヘイト」をおこなう人の心の中で生まれます。

その心の中にあるのは「不安」であり「恐怖」。

自分に自信がないので、何かを蔑むことで、見下すことで、相対的に「自分はマトモだ」「自分は真ん中には位置している」「自分は普通側だ」と安心したいのです。

そのことを理解し客観的に見ることで、自制できるようになってほしいなと思っています。

まとめ


令和の“普通”はどこにあるのか少し理解してもらえたでしょうか。

また、“普通”は移り変わるということも同時に理解してもらえたら幸いです。

「差別」「ヘイト」で少数派を笑う人。その人が一番可哀そうな人なのですが、

そんな人のために苦しむ人がいるのも事実。

そんな負の連鎖が続かないように、われわれのマインドをチューニングしていきましょう。

性は多様である。同時に、恋愛も多様である。

恋愛は相手のあることなので思い通りにいかないことが多いですが、

(ルールとマナーを守ることを前提として)自分の人生を自由に楽しみましょう。

あとがき

今回はいま最もホットで、扱うことに躊躇いもでてきてしまう

「性的マイノリティ」を取り上げました。

他の保健体育の先生がどのようにこの分野を指導しているのか、本当に気になります。教えてください。

記事にも触れましたが、“普通”というものは、移り変わるものです。

常にアンテナを張って、勉強し、時代にあう授業をするために、

明日からも生徒のために汗をかきましょう!!

スポンサーリンク