【保健の授業】15欲求と適応規制のネタ「クレヨンしんちゃんオトナ帝国の逆襲」

保健の授業

こんにちは。ホケンタイイク246です。

ゴールデンウィークはぜんぜんまとまった時間が取れずにブログが書けません。。

今は娘が寝たのでその隙に書いてやろうという感じです。

ステイホームということで、Amazonプライムで観れる映画をけっこう観ているのですが、

その中から、子供と一緒にみれてかつ大人も楽しめる。

しかも保健の教材研究になる作品。

そんな体育教師にとっては夢のような作品を紹介したいと思います。

「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」

これですよ。

ボクは単行本全50巻まで全て持っていて、子供の手に届くところに置くという、

しんちゃん肯定派の人間です。

ちょっとクレしんは教育上によくないんじゃと思っている人もいるかもしれませんが、

このオトナ帝国は間違いないので紹介させてください。

目次

  • 15欲求と適応規制
  • オトナ帝国の逆襲とは
  • 映画館の全オトナが泣いた名シーン
  • この映画のテーマとは何か
  • まとめ

15欲求と適応規制に使える

大衆館の保健の教科書には「欲求と適応規制」という範囲があります。

どのような構成になっているのかというと

欲求と大脳の働き

大脳辺縁系(欲求)の働きを大脳新皮質(理性)でコントロールしているという話。

母親のいう「大人になりなさい」は主に“大脳新皮質を使え”ということとイコールです。

この前提が共有されてないと薬物やアルコールの話が半分も伝わらなくなります。

さまざまな欲求

欲求には生理的欲求と心理的欲求に別れます。

生理的欲求とは「生命維持」「種族保存」のための欲求

心理的欲求には「自我欲求」と「社会的欲求」の2つに別れています。

社会で生活していくために生まれてくる欲求です。

欲求不満と適応規制

欲求が生まれると、それを満たしたくなります。

でも、それは必ず満たされるわけではありません。

その状態を「欲求不満」と言います。

葛藤

2つ欲しいものがあるのに、1つしか買うお金がない。どうしよう。

宿題するのもいやだし、やらなくて怒られるのもいや。どうしよう。

こんな2つの欲求のうち、どちらかを選ばなければいけない状態で悩むことを「葛藤」と言います。

適応規制

欲求不満や葛藤の状態で、行動したり選択することなく、

”解釈を変える”ことによって心の安定を得る。

これを、「適応規制」と言います。

ボクは、ぜったい受かるつもりでいた大学に落ちたときにドアを破壊しました。

これを適応規制の一種で「攻撃」と言います。

勉強し直せよという話なのです。

ヒトの悩みや不満を学ぶ範囲

ヒトはなぜ悩むのか、なぜ不満を持ってしまうのか

それは脳の仕組みを知ることで半分は理解できるのです。

むしろ脳の仕組みを利用することで、いろんなことに生かすことも可能です。

  • もし、みんなが大脳辺縁系(欲求)に囚われた生活をしだしたらどうなるんだろうか?
  • もし、適応規制によって根本的な解決をしないまま日常をやり過ごし続けていくとどうなるのだろうか?

そんなことを学べるのが「オトナ帝国」。では、どの辺が? 説明していきます。

オトナ帝国の逆襲とは

簡単に内容をざっと説明します。

春日部市に「20世期館」という大阪万博が行われていた時代の雰囲気が味わえる施設がオープンする。

その施設はオトナに大ブーム。その影響でレコード盤や旧車を所有する人も増え始める。

実はそれは「現代を消し、あの日本が輝いていた時代を取り戻す」という秘密組織の策略であった。

そんなある日、町からオトナが消えた

オトナを取り戻す。そのためにかすかべ防衛隊が動き出す。

というレトロ好きによるレトロ化計画をしんのすけたちが止めるという話である。

こども目線とオトナ目線

この話は仕掛けがあって「みんなで同じテーマを共有する」ようにはできていない。

子供目線では「ホラーもの」

オトナ目線では「ノスタルジーもの」

で描かれている。

子どもにノスタルジーはない

当然である。

風間くんが「懐かしいってそんなにいいものなんだろうか」というセリフが象徴している。

子どもにとっては「ある日突然、親がいなくなった」というホラーものとしてこの映画は存在する。

そのオトナを取り戻すために立ち向かうしんのすけたちが主人公である。

オトナがオトナをやめた世界

あの面倒のことをいうオトナがいなくなった。

その世界は子どもにとってのユートピアになるのか。

この映画では「混乱し、荒廃していく町と子どもたち」が描かれる。

まさにディストピア。

誰かが誰かのために働かないと社会って回らないってことですね。

オトナにとってはヒロシが主役にしか見えない

中盤から後半にかけて、20世期館での戦いになってからはヒロシが主役

自分の中にあるヒロシを思い出し涙

俺がヒロシだったら。。。

ヒロシ、ヒロシ、ヒロシーーーー。

そんな映画である。

立場によって主人公が変わってしまう。

そして両方が満足してしまう。

監督が天才すぎる。

映画館の全オトナが泣いた名シーン

この長編アニメーションの歴史に残る名作と言ってもいい「オトナ帝国」

その中でも屈指の名シーンがある。

ヒロシの洗脳が解ける

悪者の洗脳によって家を飛び出したオトナたち

その洗脳は「昔の匂い」を散布することによって引き起こされていた。

しんのすけが「父ちゃん帰ろうよ」と言ってもヒロシは反応しない。

なぜなら心が5歳児になっているから。(サトーココノカドーでのシーンにもその描写はある)

そのヒロシにしんのすけは現実の匂いを嗅がせる。

そう、クレしんおなじみ鉄板ネタのヒロシのクツである。

現実に戻ってきたヒロシは、何を思うのか。

全オトナが泣いた3分の回想シーン

子ども向けではありえない3分を超えるセリフなしの回想シーン

  • 父の運転する自転車のうしろに乗るヒロシ
  • 一人で自転車に乗れるようになったヒロシ
  • あえて自転車を押して歩くことで女の子と話す時間を長くするヒロシ
  • 自転車を押して歩くヒロシ。でもひとり。顔はションボリ。
  • 上京し、仕事を覚えようと奮闘するヒロシ
  • みさえと出会い桜の木の下で歩くヒロシ。
  • 子供が生まれるヒロシ。
  • 残業、営業、名刺くばりをするヒロシ。
  • ボロボロのヒロシだけど家に帰れば、家族がいて風呂に入って、ビールを飲む。
  • 仕事の辛さを忘れられる家庭があるヒロシ。
  • ヒロシの漕ぐ自転車の後ろにしんのすけ。みさえの自転車にはひまわり。

この怒涛のセリフなしの3分間。

俺の人生なら、、

私のことでいうと、、、

そうやって自分とヒロシを重ねてしまう3分間。

藤原啓治さんの訃報も相まって泣くしかない3分間。

この回想シーンのあとにヒロシの取る行動とは。。。

ここにこの映画のテーマがある。(授業で取り上げるポイントでもある)

この映画のテーマとは何か

洗脳が解けても泣くヒロシ。

目覚めたように敵を倒しにいくわけではない。

体を丸め、胎児のようである。つまり赤ちゃんがえりしている

ヒロシの葛藤

ヒロシは洗脳から覚めた。でも、せっかく取り戻した記憶を手放したくない。5歳児のままでいたい。

ヒロシの内面では

  • 「あの頃の思い出」これは捨てなければいけないことはわかっているが捨てられない
  • 「現実」選ぶべき未来なのはわかっているが、5歳児でいたい

という2つの思いで引き裂かれそうになっている。

ヒロシは家族を大事にしていることは間違いない。だから回想シーンで家族のシーンが出てきたのだ。

「早く出ないとアタマがおかしくなりそうだ」

そう言って家族を乗せてオート三輪を走らせるヒロシにはそんな葛藤が滲み出ている。

オトナの葛藤

物事は多面的である。

家族であっても「嬉しい・楽しい」こともあれば「辛い・悲しい」こともある。

その両方の間で揺れ動くのが人間であるし、

ダークサイドに落ちてしまえば「虐待」「離婚」など悲しい結末があるのだろう。

現実は思っているよりうまくいかない。

自己実現できればいいが、心が折れて「適応規制」」で誤魔化すものも出てくるだろう。

つまり、欲求不満を抱えながらなんとなく日々をやり過ごす。

ヒロシは仮想現実というダークサイドに落ちた。でも、再び現実に戻ってくる話。

ダークサイドに落ちそうになるなんてみんな経験している。

でもダークサイドに落ちた人間が這い上がるのは難しい。

そのヒロシの姿に感動するのである。

まとめ

15欲求と適応規制のポイントを踏まえつつまとめてみよう

大脳辺縁系(欲求)を大脳新皮質がコントロールする

=オトナが「5歳児のままでいたい。自分のやりたいことだけやって遊んで暮らしたい」と行動すると社会が回らないディストピアが待っている

=働くとは非常に尊い

欲求不満と適応規制

=オトナがオトナ帝国にハマったのは日々の生活を適応規制でやり過ごしているから

=適応規制では根本的な解決にならない。ずっと欲求不満は心に燻り続ける。

葛藤

=葛藤とは2つの欲しいもののうち1つ選ぶなんていう生優しいものではない

=悪人ははじめから悪人なのではない。信じて頑張るか・ダークサイドに落ちるかという2択を突きつけられたとき、落ちてしまうことがある。

=ヒロシは一度落ちた。でも戻ってきた。

人生いいことばかりではない。

心折れそうなことなんてしょっちゅうである。

でも、それは当たり前である。ということをちゃんと伝えることは大事ではないかと思っている。

「家族とはこうあるべきである」

「父親はこう振る舞わないといけない」

という理想だけを伝えるのではなく、人は誰しもダークサイドに落ちる危険性があると伝えるべきだ。

禁止薬物を使用した人間をこき下ろし、再スタートの邪魔をする日本では特に重要な観点である。

オトナ帝国は、

  • みんなギリのところで負けそうになることがある。
  • 家族はいいものだとわかっているものの、そこから逃げ出したくなることってある。

という部分をきっちり描いているところがすごい。

みんなそこをわかって欲しいのだ。

教師だって同じである。

でも、正面切っていうのはなかなか恥ずかしいので、

あしたからも生徒のために汗をかくことで適応規制ではなく、根本的な解決を目指していきましょう!!

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