【保健の授業ネタ】プリキュアが描くもの

こんにちは。ホケンタイイク246です。

娘が生まれてもう3歳半。

いろんなことに興味を持ち始め、美少女戦士モノにどっぷりハマっております。

プリキュアはとくにお気に入りで、リアルタイムだけでなく、録画したものを何回もみている状況です。

当然、家のテレビはジャックされるわけで、自分たちもながら見ですが何回も見ることに。

そうすると、いろいろと思いつくもので

「これってオトナでもあるよな」

「これって保健の授業やん」

てな具合に、目線次第でオトナでも楽しめるようになっているのです。

さすがプリキュア。

今日は、プリキュアから保健体育的要素を抽出した記事にしていこうと思います。

最後まで読めば、ものの見方が決定的に変わるはず。

よろしくお願いします。

目次

  • プリキュアとは
  • プリキュアはセーラームーンではない。〇〇だと思って見るべし
  • おジャ魔女からつづく、プリキュアと親の距離感
  • 男子キャラ「キュアアンフィニ」
  • まとめ

プリキュアとは

プリキュアとは何か。

それを詳しく書くのはやめる。熱烈なファンの方に攻撃されるのが怖いからだ。

ざっくり説明すると、「日曜日の朝にやっている女児向けアニメ」である。

2004年から16年つづく大ヒット作で、セーラームーンとも比較にならない。

なぜ16年つづくのか

これは人気ながら終了した「セーラームーン」「おジャ魔女どれみ」と決定的な違いがある。

それは定期的にメンバーが入れ替わるのだ。

人気ながら終了した2作はシリーズを通してメンバーが増えることはあっても入れ替わることはない。

毎年、学年が上がっていく。

つまり、大学生にはセーラームーンって無理でしょってことで、終わりがやってくる。

そこはプリキュアは戦隊モノやライダーものの仕組みを踏襲してシリーズ全体が続いているのである。

こうして確固たる地位を獲得したプリキュア。

その存在感はライダーや戦隊モノのそれと同じである。

プリキュアはセーラームーンではない。〇〇だと思って見るべし

セーラームーンとプリキュアは全然違う。

何が違うのか。

セーラームーンを見れない

3歳下の妹がいるため、セーラームーン的なものは目にして育った。

でも、ぜんぜん面白くなかった。

なぜなら「恋愛もの」だからである。

あの時期の日本は恋愛に夢中だったのだろうか。豊かな時代である。

セーラームーンはタキシード仮面。姫ちゃんのリボン。ご近所物語。。。

あの時期の日曜朝は恋愛ばっかりだ。

これを書きながら金田一もコナンも恋愛あるなー。。。と目を細めた。

とにかくその手の恋愛パートは苦手なのだ。

プリキュアはドラゴンボールである

セーラームーンが「女の子×バトル×恋愛」なら

プリキュアは「女の子×バトル×平和」である

戦った末に恋愛が実るのがセーラームーン

戦った末に世界が平和になるのがプリキュアである

この意識の高さマジハンパない

バトルも序盤は“蹴り””パンチ”を繰り出し、敵にぶっ飛ばされる。

そしてここぞというところで必殺技である。

いや、これドラゴンボールそのまんまやん。。

ドラゴンボールもいつの間にか結婚してましたという子どもキャラ作るためのついでみたいな感じで行われたが違和感しかないもんね。

プリキュアにはそもそも男の子キャラ出てこないし、

色使いはキラキラしてますが、基本「友情×努力×勝利」の王道ジャンプ漫画です。

おジャ魔女からつづく、プリキュアと親の距離感

基本的には30分完結系。

そのストーリーにはおジャ魔女ドレミからつづくテーマが残っていた

ダメ親問題

不況がつづく日本。

当然、厳しい環境で働かざるをえない人が増えます。

こうなると親の愛情を十分に受け取れない子どもが増える。

疲れた親は余裕がなくなり、子どもを邪魔者扱いしてしまうケースも増える。

一方、「こうすれば、こうなる」という宣伝文句に乗せられ、操り人形化する親も出現(毒親)。

こうしたダメ親を”子どもが許す”という展開がしばしばある。

子どもに許されることによって親が救われるエンディング。

見てて心が痛い。

俺は子どもに何がしてあげられているんだろう。。。

そんな日曜日は心なしかいっぱい遊んでいる気がする。

プリキュアやおジャ魔女が平和のために闘う相手は、現実に疲れたオトナだったりするのである。

(個人的には奥さんに許されたい。許してください。笑)

男子キャラ「キュアアンフィニ」

2018年「HUGっと!プリキュア」42話で伝説のキャラが登場する。

男子キャラ登場

若宮アンリという男の子はフィギュアスケーター。

怪我を押して大会に出ようとするが、アクシデントで不可能に。

そのリンクに敵キャラ出現。

その敵をプリキュアが倒す。その後になんと若宮アンリが「キュアアンフィニ」に変身する。

どんなメッセージがそこにあるのか

若宮アンリは「僕の体でさえ、僕の心を縛れない」ということを言う。

このセリフにすべて凝縮されている。お分かりだろうか。

つまり、LGBT・性的マイノリティの問題である。

たとえ、男性の体を持って生まれたとしても、女性のように振る舞いたければ振舞えばいい。

だから体でも心を縛れないと言うセリフが適切なのである。

誰しも当てはまる

思春期なれば「なりたい自分」と「現実の自分」のギャップに悩むことはあるだろう。

能力や外見がついてこない問題である。

「なんでこんなに足が短いんやろう・・・」

何度言ってきただろうか。

内面を充実させよう

外見や生まれ持った能力だけですべては決まらない。

勝手に諦めたり、自粛していてはあっという間に人生は終わる。

でも、それって怖いんですよね。

なぜなら周囲の目線が怖いから

だから子どもむけ番組が大事

子どもの時にどんな普通を擦り込むのか。

それで半分勝負ありではないでしょうか。

だからこそ、このプリキュアの男子キャラはとても重要なのではないかと思います。

まとめ

保健の授業でLGBTについて語るとき

  • マツコデラックス
  • レディガガ
  • 氷川きよし

について語ることは重要だ。

この人たちは世間の何と戦っているのか。そこを考えるのである。

でもプリキュアなどで普通にLGBTが存在すればどうだろう?

性的マイノリティと言うだけで、自分のありのままの姿を出すことが

社会と闘うこととイコールにはならないようになっていくはずである。

保健体育が目指すところはそう言うところにある。

道は険しいが、このような作品を埋もれさすことなく、

多くの人に伝えることも大事なことだと考えたりなんかします。

プリキュア、侮るなかれ。

さて、GWも後少し。

娘と遊びたいと思います。

色んなところから学び、授業に生かしていきましょう!!

ありがとうございました。

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