学年通信に生徒へのコトバを書いて、あらためて感じること。

学年通信に、生徒への言葉を書いてほしいとお願いされたので30分ほどかけて書いた。

内容は以下のとおりである

中学生の時に、ちびまる子ちゃんの著者さくらももこのエッセイに書いてあった「生きていることは、当たり前ではなく、確率の高い偶然」という言葉と出会った。

当時は「たしかにそうだよな」という月並みな感想しかもたなかったのだが、父親がガンで死に、妹は信号無視のタクシーに吹っ飛ばされ(ほぼ無傷)、母親はくも膜下出血で倒れた(奇跡の復活)。

こうなると、「次は俺だな。仕方あるまい。」という気分にもなるもので、「どうせ死ぬなら痛くないほうがいいな」とか考えたりするし、そのエッセイを読み返しては”いつ終わるかわからない人生”について考えるようになる。

そんな思考は「残り時間をどう過ごそうか」という方向に向かい、なるべく後悔のないようにやれるだけのことを生きているうちはつづけようというモチベーションにつながっている。

でも、うっかり長生きすることもあるのでお金の管理や、保険の見直し、資産運用などもおこなっている。どう転がっても大丈夫なようにしているわけだ。

君たちの〇〇高校で過ごす時間は、人生の時間とは違いハッキリしている。

あと1年半でやらなければいけないことは賢明な君たちであれば理解しているはずである。あとは残り時間を持て余さずに生きることではないかと思う。うっかり長生き(=留年)した場合のことなど考える必要はないでしょう。「文化祭・体育祭・クラブ活動・勉強」とことん燃え尽きて欲しい。

体育 〇〇 〇〇

手書きでお願いされたのだが、途中で内容を変更したくなったためワープロ打ちでご勘弁。

  • 書きながら、書きたいことが整理されていく。
  • 書きながら「俺はこんなことが書きたいのか!!」と発見する。

これは内田樹先生の著書から知ったことだが、本当にそう思う。

書いている途中で、本当に書きたいことが発見されるので、再編集が必要になる。

その時の手書きとワープロ打ちのコストの違いは雲泥の差である。

小学校の作文。

Googleドキュメントに切り替えたら、伸びる子が出てくるんではないか。

ワープロ打ちでもいいし、音声入力でもいい。

書く・消すというストレスを減らすことで、アタマにあるものを逃さない。

行動しやすい環境を整えるって改めて大事だと思いました。

やりたいことが見つからない生徒

さきほども書いたのだが、

  • 書きながら、書きたいことが整理されていく。
  • 書きながら「俺はこんなことが書きたいのか!!」と発見する。

このようなことが起きるのが人間である。

これは書くことに限った話ではない。

じぶんは野球を小学校3年生から選手を引退してからも指導者として続けている。

なにもはじめから指導者を目指して取り組んでいたわけではない。

野球をやっていたら、「おれはこんなプレーがしたい」「こんな選手になりたい」「もし指導者になるならこんなチーム作りたいな」といういままで考えてもなかったことに取りつかれることがあって、あれよあれよとここまで来たのである。

行動が意欲を呼び、意欲が行動につながり、行動が新しい意欲に火をつける。

この連鎖である。

やりたいことが見つからない生徒の多くは、はじめの行動が重い。

行動しないことには、何も起きないので無感情で日々が過ぎていく。

結果的に無気力に見えていくのだと思う。

時間は減るしかない

自分の人生の時間は刻一刻と減っている。

では、その人生を長くするにはどうすればいいのか

  • 健康的になる
  • 後世に何かを残す

この二つ。

健康的になれば、寿命は延びるであろう。

それでも人生は100年で終わってしまう。

だからこそ、後から生まれるものに何かを残すことが大事である。

自分の仕事が、いろんなところで人のためになり、それがいい連鎖を生んでいく。

本を書く・映画をつくるということはまさにそうである。

せいぜい100年しか生きることができないかもしれないが、

その中で残した仕事が人々に影響を残し続けていれば忘れられることはない。

坂本龍馬が心の中にいて、影響をうけつづけているひとは少なくないはずである。

もうここまでくればリメンバーミーの世界。

残された時間で何が残せるのか。

そう考えたときに自分は「時間がない」という感覚になる。

おれは、生きているうちに何か残せるのか。

そんなことを考えつつ、今日もやれるだけ頑張ってみる。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

明日からも生徒のために汗をかきましょう!!

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