【保健の授業】#2−9医療制度とその活用

保健の授業

こんにちは。ホケンタイイク246です。

2学期が始まり、保健の授業もスタート。

1学期は「性教育」が範囲。高校生にとっては嬉し恥ずかしのホットワード。

こちらが繰り出すワードにどんどん食いついて来てくれました。(ありがたい)

そんな感じで手応えも感じることができたが、2学期は医療・保健などの分野からスタート。

高校生にとってはうまくも何ともないコールドワード。睡眠・内職に精を出す姿が見てとれます。

医療制度はつまらない

高校生で、かつ国公立を目指す生徒の多い進学校は基本的に生徒のリテラシーも高い。

医療保険が3割負担であること、インフォームドコンセントなど普通に知っています。

てか、知らない状態で教えてもらったところで

「へー・・・。で?」

と返されて終わりである。

授業するのが怖くなってきた。休みたい。

この負け戦をどう戦うのか。

ただ50分が過ぎ去るのを待つだけの授業をするのは避けたい。

実体験が武器

ここまで30年以上生きてきて、いろんなことが起きた。失敗もした。

でも、それこそが自分の人生だし、他の誰も体験しようがないものだ。

同じ現象でも、自分自身が何を感じて、どう判断したのかという部分は唯一無二のオリジナリティ。

そこを上手く出しながら「お前やったらどうする?」という生徒の思考を持っていき、今まで考えたことがないことを考えてみる時間を作りたい。

  1. 一般常識(=教科書)(←つまらない)
  2. 自分の体験、自分の感覚
  3. あなたならどうする?

この手順で負け戦をドローに持ち込む。

いざ出陣。

目次

  • 教科書の内容
  • 保険を乗り換えた話
  • オカンが「がん」になって手術するまでの話
  • まとめ

教科書の内容

医療の供給

まずは体調が悪くなったり、怪我したらどうするという話。

少々のことは「自分で何とかする」だろう

アロエを塗ったり、唾塗ったり、気のせいにする。

高校球児だったときは痛かろうが、ビビってようが「知らねーよ」と、グラウンドという戦場にぶっ込んでいくだけだった。保健室もほとんど行った記憶はない。

とはいえ、それは頑丈に産んでくれた親のおかげもあるだろうし、たまたま大きな怪我や病気にならなかっただけである。

そりゃ酷ければ病院に行くべきだ。

なぜならば、病院に行けば専門家の意見が聞けるからである。

その専門家である医師の見立てに応じて必要な処置を行うのがベターである。

日本は誰でも医療を受けられるような社会づくりが行われている。

医療保険の仕組み

病院で診察・検査・治療などが行われるが、医師の方もボランティアではやってられない。

当然、費用がかかる。

医療に関わるサービスは「ミスればヤバい」事になるので、高い専門性と責任感が伴う。

その辺の人ができることではない。つまり替えが効かない存在ともいえる。

したがって費用は比較的に高くなる。

「費用が高くて医療が受けられない」という世界はどうなってしまうのか

次の画像を見て欲しい。

「安く治療してくれる病院を探してさまよう」

「薬がとても高くて手に入れられない」

「気合!!」「お祈り!!」

こんな感じの世界観になるだろう。貧困者は、劣悪な環境で働かされ、体調を崩したら治療を受けることができず、職場に復帰ができないという負のスパイラルに陥ってしまう。

これが、オバマ・ケアを廃止したアメリカの現状だ。

日本には国民皆保険がある

すべての国民に医療を受けられるように、日本では国民皆保険というものがある。

皆がお金を出すことによって財源を作り、必要な人に必要な分だけ給付を行う。

これによって医療による自己負担額は3割で済んでいる。

日本の社会保障恐るべし。

収入に関係なく、医療を受けられる社会づくりが日本では行われている。

保険を乗り換えた話

結婚。そして第一子が誕生。

そこで考える人生の不安。

「俺に何かあったらどうするねん」ということを考え始め

「じゃあ保険とやらでも入っといたほうがいいんかな」と思考が展開されていく。

割とそんな感じで保険を検討する人が多いのではないのだろうか。

保険ってなに?

保険の歴史は長い。

元々は船で行って帰ってくる間に何かが起きて損失が出たときのために生まれた。

ハレー彗星で有名なハレーが人間の寿命などを計算し、その数字をもとに生命保険が生まれたと言われる。

日本では福沢諭吉が紹介し、東京海上という保険会社が設立。

関東大震災や戦争による被害を背景に人々に広がっていった。

貯金は三角形、保険は四角形

これはヨコ(底辺)が時間、タテがお金で考える。

〈貯金の場合〉

時間をかけないと金額が増えていかない。

もし、お金が溜まる前にトラブルが起きたらお金が足りずに生活が困窮してしまう。

〈保険の場合〉

一方、保険はたった1回の支払いであっても契約した金額を受け取ることができる。

その意味で、保険とは何かがあったときの助けになってくれる。

こうして保険を契約したという話

もし、自分に何かがあった場合、困ってしまう。

ではどうすればいいんだろう?

こうなったときに現代人は当然ググるだろう。

自分もそうだった。

でも、「保険は何となく怪しい」「よくわからない」という警戒心はハンパなく、

それゆえすべてのサイトが怪しく感じてしまう。

こうなるとググっても答えが出ない。

結局は口コミに頼ることになる。

こうして、人から紹介してもらった保険会社の人が家に来てもらうことになった。

①推薦で家に訪問

今思うと、これはヤバい。

なにがヤバいかというと「断りにくさ」マックスだから。

信頼できる人から推薦してもらっている。目の前のセールスマンの奥に先輩の存在が現れる。

こうなると断りにくい。

この断りづらさは上下関係が強固な野球部出身であることが災いとなってしまっている。

次に家に上がり込まれているということ。

こちらが出向いていった場合、もう話を聞きたくなくなったら勝手に帰ることも可能である。

「もう、いい。よーわからん」と言ってサヨナラできる。

でも、訪問されるとできない。

俺が家を飛び出したところで、帰る場所がない。振り上げた拳を下ろす場所がない感じ。

まず土俵にガッツリ上げられ、相撲を取らないといけない状態となってしまった。

②お金がどれくらい必要になるのか

そんなこんなで話が始まったのだが、いきなり商品を売りつけるわけでない。

どれぐらい生活に金がかかるのか、必要なのかを考えようというところから始まった。

その結果が下である。

フローチャート化され、そのフローチャートをもとに話が進められている。

もう相手の土俵で、相手のペースで相撲が始まっている。

圧倒的不利だ。

ここまでで2〜3時間の話を2回ぐらいしている。

もう頭はフラフラである。

自分で考えてこなかったからこそ、なにも言い返すことはできない。

ペースは相手のままである。

こうして外堀を完全に埋められ、本題へ突入していく。

この時点で、「何となく理解できた」という気持ち半分。

「早く、この話を終わらせたい」という気持ち半分。

こんな精神状態だと冷静には判断できない。

セールスマンは極めて論理的にフローチャートをもとに話を進めてくる。

セ「もし自分が若くして死んだら、生活費がこんだけ足りない。子供の学校に通うお金がこれだけかかる。

じゃあ、これぐらいの準備が必要。なので、こんな商品はどうですか?」

自分「はい。いいですね。」

セ「もしガンになったら・・・」

自分「いいですね」

セ「もし仕事ができない状態になったら・・・」

自分「はい。」

こうして生命保険の他にもろもろのオプションと外貨積立やら何やら複雑なシステムもりもりの契約を交わすことになる。

心情的には「やっと終わった」である。

このモヤモヤは大きく、思い切って独学でいろいろと調べてみることにした。

そこまで収入は多くないので、税金を払いまくっているわけでもないが、その恩恵をいただけるのであればいただきたい。

日本にはさまざまな社会保障の制度がある。

それを保健でも教える立場でありながら、なにも勉強していなかった。

もしトラブルが起きたら日本はどのように守ってくれるのか。

それをまとめたのが下の表である。

かなり充実している。

例えば自分が今死んだ場合、遺族年金として国から年70〜80万に子供1人だと加えて20万が支給される。

単純に100万ってすごいな。

もし入院などして仕事ができない場合も給与の3分の2が補償されたりする。

日本は人に対して優しい。

それが日本の姿である。

一方、ものに対しては世知辛い。

地震や台風など自然災害のオンパレードの日本において、被害に対して最大300万円て少なすぎるやろ。

国はモノに対しては優しくない。

この一面を持っていることを知っておこう。

さらに日本には高額療養費制度というものがあり、

月収が50万ぐらいの人であれば月に8万1000円の「自己負担額の上限」が設定されている。

そこから超過した分は1%で済む。

つまりどんな高額な医療を受けたとしても9万円程度の自己負担で済むように設計されている。

こう考えたときに貯金があれば、どこまで保険がいるんだろうという気持ちになってくる。

これももう一度再考した方がいい

理解できたようで何か引っかかっている状態が続いている。

保険は四角形だとして、1回の支払いでも保険料の満額を受け取ることができるのは強みである。

この制度を利用した犯罪を「保険金殺人」という。

でも、支払いを始めるとこの四角形が右側の四角形のように見えてきた。

支払いを続ければ続けるほど旨味がなくなるやん!!

貯蓄型にすればお金が戻ってくるという人もいるだろうが、手数料はガッツリ取られている事実。

貯金を継続的に続ければ、保険に頼る必要性はどんどんなくなっていく。

これを表したのが下の図である。

あのときのオカンの表情は忘れられない。

もう「どうしよう」としか言えない。

自分もオカンにストレスを与え続けてきた身分であるがゆえに、責任を感じたものだ。

ガンが発覚し、手術を受けるということはどういうことか。

それは保健の教科書で教えてきた「インフォームドコンセント」「セカンドオピニオン」の当事者になったということだ。

ではサラッと「インフォームドコンセント」「セカンドオピニオン」をサラッと説明しておくとする。

極めてシンプルなマインドマップだが、伝わっただろうか。

わからない人はググってください。

ガンになると当然だがインフォームドコンセントを受けることになる

  • どんなガンなのか
  • どれぐらいのステージなのか
  • 手術にはどのような方法があるのか

動揺した頭にはなかなか入ってこないリアル。

分厚い冊子をもらい、それを帰って読むしかないのだが動揺していて読み込むまではいかない。

それぞれにメリットがありデメリットがある。

とりあえずオカンの話し相手になることしかできない。

手術日は決まっている。

ゆえに、どの手術を受けるか決定するリミットも決まっている。

冊子を読んだだけでは踏ん切りがつかない。

オカンは放射線での治療はできれば避けたいようだった。

あまり周囲の人に相談をすることもできないようだったが、

友人の友人に電話でアドバイスをもらう機会を得た。

それによって腹が決まったようで、手術を受けるようになった。

正直、セカンドオピニオンを考える余裕もなく、時間もなかった。

手術は無事成功。

それから後遺症もなく孫にこき使われる日々を楽しんでいる(完全主観ではあるが)

まとめ

自分のアタマで考える

これを習慣化することが大事である。

保険のことにしても、手術のことにしても、

求められるのは自分の思考力である。

その思考力は人生のあらゆる場面で、どのように考え、選択してきたかで磨かれていく。

人生は選択の連続。

自分の人生に後悔がないように日々自分で考えて行動しましょう。

これを生徒たちに伝えたいですね。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

明日からも生徒のために汗をかきましょう!!

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