【ドラえもんで保健の授業】人の醜い心をのび太から学べ

保健ネタ

こんにちは。ホケンタイイク246です。

2学期の期末試験も終わりということで、冬休みがやってくる。

「休みたい」「遊びたい」「クリスマスデート」という気持ちもわかるけど、

ここで授業ネタをインプットしていきたい。

個人的に、この冬休みに掘っていこうと目をつけているのが「藤子・F・不二雄」大先生。

みんな知っているけど、当たり前のようにありすぎて、そこまで深く考えたことがないのが「藤子・F・不二雄」大先生の作品たち。

そんなところに授業ネタの金脈があると私は信じている。

自分の保健の授業は「モノの見方、見え方を決定的に変える」ことを目標にしているので、みんなが知っている作品を今まで見たことがない角度と視点で考えられるようにアニメや漫画を見返している。

やはり取り上げるのは「ドラえもん」。

このみんな知っているドラえもんを、いままでとはちょっと違う視点で考えていたい。

「のび太」

『だらしない人間』の日本代表。

 のび太はあらゆるものが平均以下なのは共有されている。 しかし、人格が最低レベルであることは、なかなか理解されていない。

今回は、のび太の姿から色々と学んでいきたい。


23巻「透明シールで大ピンチ」

しずかちゃんと出木杉くんが交換日記をしているところに遭遇。

それを盗み見するという、人として完全NGな行動をしてしまう。

これは過失なのだが、宿題を盗み見するために端を発したことなので情状酌量の余地はない。

教室でこっそりシールを張る姿。

完全に犯罪者。

宿題は自分でやれ。

そんなつもりはなくても、そんなことは犯罪。

信用を失う行為。

嫉妬からくる嫌がらせ行為。

みっともない。

のび太はどんなキャラクターなのか

のび太は人の欲や醜さを教えてくれるキャラクター。

のび太は何も努力しないのに、

あれがしたい。

これがしたい。

ドラえもんにすぐ泣きつく始末。

そんな人間に便利な道具を渡した結果、はじめはうまくいくものの度が過ぎて

結局、大失敗して終わるというのがのび太のお決まりのパターン。

『もっと、もっと』という欲が抑えられないのが、のび太の特徴だ。

スマホをもった人間と同じ

スマートフォンという便利な機械が一般化してしばらくたつ。

人は本当に賢く(スマートに)なったのか。

いや、なっていない!!

LINE絡みの人間関係のトラブル

SNS上の誹謗中傷

トラブルを起こす人は続出している。

はじめは、ただLINEをしているだけで楽しかったのに、

それだけでは飽き足りなくなって、

『もっと、もっと』とエスカレートしていきトラブルへ発展していく。

この姿はのび太そのもの。

そのスマホ。ほんとうに賢く使えているのか。

醜い姿に自分がなっていないか、

つねに意識して生活したいものだ。

23巻「僕よりダメなやつがきた」

ここでは勉強も運動ものび太よりもできない転校生が登場。

のび太は彼と友達になろうと急接近。

要は「自分よりもダメなやつが来て、一番ダメではなくなった。うれしい」という感情を無邪気に表している。

「いじめのターゲットが自分以外に変更されて喜ぶ。そして加勢する」

「いじめられっこが弱い奴を見つけていじめる」

醜いのび太の発言目白押し。

イジメの構造

これってイジメの構造と全く同じ。

いじめられっ子は「イジメの辛さを知っているので、他の子には、嫌なことはしない」ということではなく、

イジメられた子は、弱い相手を見つけてイジメてしまう。

実はのび太をイジメるジャイアンも一緒。

ジャイアンは誰からイジメられているのか。

そう。母親である。

ジャイアンも家では、圧倒的に強い「母ちゃん」に抑圧されている。

だから、反撃できそうにないのび太を狙う。

のび太にはそれより弱い相手がいなかったけど、

ようやく弱い相手が見つかった。

「よし、こんどは僕がマウントを取る番だ」

「いままでのうっ憤をここで晴らすぞ」

と、無意識に考えてしまう。

いじめがダメな理由

人は素直な生き物。

イジメられて育った子は、他の人をイジメてしまう。

だから、どこかでその連鎖を止めなくてはいけない。

学校の先生は、何があってもいじめを許してはいけません。

その態度と行動を地道に続けることが、じわじわと社会を変えていくのだと思う。

まとめ

本当に通常アニメや漫画ののび太はひどい。

でも、「映画ののび太はかっこいい」ということも、

多くの人に共有されている事実である。

なぜ映画ののび太はかっこいいのか

のび太の通常アニメと映画の違いは何か。

壁にぶち当たったときに、立ち向かうか、楽するか。

この違いである。

努力し、目の前の壁を乗り越えようとするのかしないのか。

通常アニメや漫画ののび太は楽をする。

映画ののび太は、立ち向かう。

だから映画は感動するし、かっこいいのである。

しかも、映画版ののび太はそれだけではない。

他利性からくる行動

他利性(たりせい)とは「他者の利益のために動く」ということ。

映画版のび太はいつも、困っているひとを助けるために困難に立ち向かうのである。

  • 困難に立ち向かう
  • 他者のために頑張る

この二つがあれば立派なヒーローになれる。

近年は努力する人は目についても自分のために努力している人が目につく。

でも、それだけではカッコよくない。

カッコよくない人は人の目にも留まらないリアル。

あらためて通常版のび太を見て『人の醜さ』を知り、

映画版のび太を見て『人のカッコよさ』を学ぶ。

そうすれば少しずつでも、人として磨かれていくように思った次第である。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

明日からも生徒のために汗をかきましょう!!

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