【サッカーの授業】スポッチャ化で体育嫌いをなくせ!!

体育

こんにちは。ホケンタイイク246です。

きょうは2学期の体育の授業を振り返る記事を書いていきたいと思います。

種目はサッカー。

人気種目であると同時に、不人気種目でもあるサッカー。

運動神経がある生徒は好きになりやすく、

運動神経がない生徒は嫌いになりやすい。

しかも、サッカーはスポーツの王道みたいなところがあり、

サッカー嫌いはそのまま「体育嫌い」になり、「運動嫌い」まで発展するから要注意。

体育教師は体育が大好きなので気づきにくい点かもしれませんが、

体育が嫌いな生徒に「なぜ嫌いなの?」と聞くと、「できる奴らの態度がムカつく」というような

運動できる生徒の授業態度や振る舞い、それによって出来上がる人間関係によって「体育嫌い」が増加している事実があるのです。

体育は「生涯にわたって豊かなスポーツライフを継続できる」人材を育成することが存在意義。

体育嫌いは運動嫌いへと発展し、豊かなスポーツライフが遠のくばかりです。

では、サッカーの授業をしても体育嫌いを生まない。

むしろ、みんな運動が好きになる。

そんな授業を行うためにどんな工夫をしたのか書いていきたいと思います。

目次

  • サッカーが「体育嫌い」を生み出す
  • 体育のスポッチャ化
  • 授業の様子
  • ゲームの様子
  • 教師の所感・生徒の反応
  • まとめ

サッカーが「体育嫌い」を生み出す

先ほどから、サッカーが「体育嫌い」を生み出すという話をしていますが、

本当にそうなのか?

そのように思っている人もいるかもしれません。

それはあなたが運動ができる側の人間だったから。

サッカーというのはボール1つに対して人数が22人。

しかもソフトボールのように打席が絶対に回ってくるわけではありません。

ボールに触れずに授業が終わる生徒は一定数出てしまうのです。

その生徒にとって、サッカーの授業は苦痛になり得るのです。

人間関係の問題になる

スポーツの楽しみとは大きく分けて2つあります。

  1. 個人の楽しみ(運動する、体を動かすことが楽しい。できないことができるようになる)
  2. 人間関係の楽しみ(仲間と運動を介してコミュニケーションを楽しむ)

そして、サッカーの授業で行われるゲームでは何が起こっているのでしょうか。

適当にチームを分けて、ゲームが始まったとします。

技術を持たない生徒は、ボールに触れることが許されず、

その生徒の“個人の楽しみ”がまず奪われます。

それだけではなく、「運動神経悪い側」のレッテルが貼られ、

人間関係においてカーストの下に位置付けられてしまうことが多発します。

サッカーでどのような存在感をしめすのか。

それによって人間関係が決まってしまう可能性がある。

ただの体育の授業で行われているゲームが、思わぬ展開を見せるのです。

人気スポーツだからこそ、厳しいジャッジが行われるのかもしれません。(無意識的に)

教員の欺瞞

教師は、そのようなことにうすうす勘付きながらも、授業に大きな変化を施しません。

教師は「授業が問題なく進めばいい」と考えていることも多いものです。

普段うるさい生徒、めんどうな生徒がサッカーに夢中になってくれれば、

手がかからなくて良いと考えがちです。

ふだんから大人しい、運動ができない生徒のことはとくに考えていないのです。

そのような授業では

「運動できる生徒はたくさんボールに触れる」

「運動ができない生徒はボールに触れない」

という事実は無視され、

問題なく授業が行われたと解釈されてしまうのです。

このような体育教師の欺瞞が体育嫌いを生み出す背景にあるのです。

体育のスポッチャ化

従来の体育の授業をどのようにアップデートしていくべきか。

それを考えていきます。

さきほど、スポーツの楽しみとは大きく分けて2つあると言いました。

  1. 個人の楽しみ(運動する、体を動かすことが楽しい。できないことができるようになる)
  2. 人間関係の楽しみ(仲間と運動を介してコミュニケーションを楽しむ)

そのうちの「個人の楽しみ」にフォーカスした授業が展開できれば、

人間関係とは切り離したところでサッカーというものを楽しめるのではないかと考えました。

個人技を磨く時間

そこで、考えたのは小学校でよくやっていた「なわとびカード」を応用する方法です。

みんなの教育技術 参照

はじめに目標とする技を決め、クリアの基準を設定することで、

「自分自身のレベルに合った挑戦」ができるようにしました。

種目は「リフティング」「ドリブル」「シュート」の3つ。

それぞれのレベルは4段階作りました。

ど素人でも、やる気になるレベルから

リフティングは5回から、

ドリブルはコースを挫折せずにゴールするところから、

シュートはゴールの後ろに張ったネットに当たればよい。

そんなレベルから設定しました。

どんな生徒でも「やってみようかな」と思えるレベルだと思います。

自分で決めて自分でやる

グラウンドに「リフティング」「シュート」「ドリブル」のゾーンを作ります。

その上で彼らにはこのような説明をしました。

  • 時間内で何を選択し、何を練習しても構わない
  • 自分で必要なことを考える
  • 各種ゾーンでは他のことをしない
  • 各種ゾーンではルールとマナーがあるので守ること
  • 練習内容は試験内容でもあるのでしっかり取り組むこと

これはラウンドワンのスポーツアトラクションであるスポッチャを応用しました。

スポッチャでは制限時間内であれば、どの種目を楽しんでも構いません。

ただし、ルールとマナーを守ることが絶対条件。

授業の中でも、自分のやれそうなこと、自分のやりたいことを自分で選んで行うことで、

少しでもポジティブにサッカーに取り組めるようにしました。

こうして、サッカーの練習はスタートします。

授業の様子

スポッチャ化してみた授業中の様子はどのようなものだったのでしょうか。

自分なりの距離感でサッカーに打ち込む

みんな、自分なりに取り組みたい種目とレベルに夢中に取り組む様子がみられました。

すべて個人種目なので、自分のプレーに集中できるため周囲を気にせずできるのです。

また、自分で「これを練習する」と意志を持って取り組んでいるので、

やらされる練習よりも集中力が高いようにも思います。

それぞれが自分なりにサッカーに打ち込む様子がみられました。

いい意味での棲み分け

そのうち、上級者はリフティングもドリブルも楽勝なので、

シュートを始めるようになりました。

そこで、上級者たちに「みんなにリフティング教えたって」と声をかけると

中級者を教えるようになり、活気がさらに増します。

「ヒールキックからリフティングを5回」という課題はサッカー経験者は楽勝ですが、

サッカー未経験者には運動神経がある生徒も苦戦します。

上級者がヒールキックを一生懸命教えている姿が至る所でみられました。

下級者は「手で持った状態から、リフティング5回」から大苦戦。

彼らには僕が丁寧に指導しました。

クラス全員ではなくて、限られた人数しか教えなくていいのは教師にとっても嬉しい。

同時に、野球ばっかりやってきた筆者がサッカー上級者にわざわざ教えることもないなと確信しました。

ゲームの様子

授業では、40人のクラスを半分に割って、

片方は「練習」、もう片方は「ゲーム(試合)」を実施しました。

コートを2つ作る

ゲームの場合はコートを2つ作ります。

ゴールが足りないのでハンドボールゴールや移動式ネットを使うこともありました。

とにかくコートを2つ用意します。

自分で選ぶ

ゲームをするに当たって、「どちらのコートで試合をしてもいい」と彼らに説明しました。

要は似たレベルの者同士でゲームをしてくださいということです。

どっちの方が自分はサッカーを楽しめそうか、その基準で判断して欲しい。

どちらのコートもムチャクチャ盛り上がる

正直、上手くない生徒が固まったコートは試合が成立せず、

座り込むものや、立ち喋りしたり、全然違うこと始めたりしないか不安でした。

でも、いざ始めてみるとどちらのコートでも夢中になってボールを追う姿がみられました。

ある程度、レベルが似通った者同士で構成されているため、怪我もほとんどありませんでした。

それに上級者側から、できない人に対する冷笑も起こりようがありません。

隣のコートで起きていることなんてわざわざチェックする暇があれば、

自分がいるコートの試合に集中したいのでしょう。

全くと言っていいほどトラブルはありませんでした。

教師の所感・生徒の反応

サッカーの授業で人間関係だけでなく“個人の楽しみ”を得られる機会を増やすために、

スポッチャをヒントに授業を設計してみた感想と気づきです。

  • 指導すべき生徒に指導する時間が多くとれた
  • 上手でない生徒も周囲の目を気にせず何度もトライする姿があった
  • 同じことをしなければならない時に下手な人は「足手まとい」扱いされてしまう
  • 教え合う場面とレベルで分ける場面を作ることでストレスのない授業ができる
  • 失敗しても攻撃されない安心感が挑戦する意欲を生む
  • どんな生徒でもできないことができるようになったら嬉しい

とにかく雰囲気が良かったので、他の種目でも応用していきたいと思っています。

ある生徒との会話

ある授業で、体育を見学している生徒と体育の授業について話をしました。

その生徒は運動神経が良いとは言えず、サッカーは苦手です。

このような生徒にどのように感じているのかを聞きたかったのです。

すると、うれしい反応が返ってきました。

(他の先生の)ハンドボールの授業では、試合の成績が体育の成績として反映される。

そうなると、チームメイトのミスに対する当たりが強くなり、正直、敵はチームメイトのような状態。

彼らに何も言われないようにプレーすることしかでない。

でも、このサッカーの授業はそんなプレッシャーがないので「この授業が楽しみ」とみんなで話している。

サッカーも同じようなスタイルで進めていたら、

彼らは運動する楽しさよりも運動することで惨めな思いをすることがインプットされ、

体育嫌いになっていたかもしれません。

ハンドボールを担当している先生への批判と受け取るのではなく、

有難い意見として授業に反映していく姿勢が体育教師には求められていると思います。

まとめ

何度も書いていますが、運動には2つの楽しみがあります

  1. 個人の楽しみ(運動する、体を動かすことが楽しい。できないことができるようになる)
  2. 人間関係の楽しみ(仲間と運動を介してコミュニケーションを楽しむ)

この2つを満たすことができているのかを体育教師はよく考えるべきです。

集団行動ばかりに気をとられて、

そこに目が向いていない先生が多いように思います。

授業がスムーズに進行すればそれでよい。

その指導のスタンスは大幅にアップデートする必要があるでしょう。

全員の生徒が充実する授業

体育は勝利を目指すために存在するのではありません。

また、体育だけで人生に必要な体力をつけることも不可能です。

では、何のために体育は存在するのか。

冒頭でも書いたのですが、

豊かなスポーツライフの素地を身につけさせ、

生涯にわたって運動を継続して行うことができるようにすること

これが、体育の存在意義だと最近は強く思うようになりました。

どんなレベルの生徒であっても、それぞれのレベルで運動を楽しむことは可能です。

そのことを体育で味わうことができる授業ができないかと工夫をしていきたいと思っています。

全員が充実することは難しいかもしれませんが、

その方向性でこれからも突き進んでいきたいと思っています。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

明日からも生徒のために汗をかきましょう!!

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