【2020年に自分に起こった出来事】M:I-体育祭Tシャツ(ミッションインポッシブル)

・コロナ禍の過密日程

 自分は中高一貫校で体育教師として働いているのだが、2020年は新型コロナウィルス感染症に振り回された1年だった。学校は2月27日に安倍総理による「臨時休校措置」の発表により、生徒の登校は禁止となった。その休校措置が解除されたのは6月1日である。

 休校期間中はオンライン授業などを行っていたが、生徒が登校して学校に活気が出るのは悪くはない。でも、どうしても気がかりなことがある。それは「学校行事」である。自分は高校2年生に所属しているのだが、勤務校の伝統で文化祭と体育祭を仕切るのは高校2年生のため、体育祭は必然的に責任者となり、文化祭では一大勢力のダンスパートの担当、そして研修旅行の主担当にもなっていることから「行事を実施するのか、しないのか」で仕事量が大きく変化する立場にいる。そしてついに、7月はじめの職員会議で決定事項が発表された。

校長の判断は「体育祭は延期。研修旅行は国内で実施。」である。

 本来であれば[5月に体育祭、9月に文化祭、11月に研修旅行]が行われるところを、[9月に文化祭、10月に体育祭、11月に修学旅行]というスケジュールに変更された。どうみてもカレンダーが密である。そもそもカレンダーに当てはめることができれば、実施できる訳ではない。平常時でも、あと数か月で授業を行いながら準備をすることは大変なのに、今回はコロナ対策も行わなければいけないし、修学旅行はゼロベースからの仕切り直し。加えて、この8月には野球部の監督に就任することが決まっており、1人で生徒を指導しなければいけない。一つひとつの行事に対するコストは明らかに増えているのに、それを立て続けに行事を行うことは可能なのか。3つの行事をクラスターを発生させずに2学期を終えることができるのか。到底できるとは思えない。ムリに決まっている。この仕事は不可能だ。不可能な仕事?ミッションインポッシブル?つまり俺はトム・クルーズ?

「まあ、それも悪くない」

自分のなかでポジティブシンキングが沸き上がる。「トム・クルーズになる」という謎の目標を胸に秘め、怒涛の2学期に突入していく。

・体育祭Tシャツというミッション

 7月と8月は体育祭の競技見直しや密を避けるためのプラン作成。修学旅行の行先を決定し、プランを詰めていく。文化祭ではオーディションや衣装チェックに注意事項の徹底。野球部の練習や試合の引率。走馬灯のように過ぎ去っていく。いよいよ2学期が始まり、体育祭に本腰を入れることができたのは文化祭終了したあとになる。体育祭まで残り21日である。

 総勢70人の体育祭委員を各部署に割り振り、事前準備と当日準備を進めなければいけない。数あるミッションの中で体育祭Tシャツがある。依頼する業者は注文してから10日で納品なので、早速取り掛かる必要がある。教師にとっては優先順位は低いが、生徒にとっては大事な要素。ここはキッチリとミッションを遂行しなくてはいけない。デザイン募集を7日、投票で確定し注文、10日後に届けられれば予行の前日に届くという計算である。文化祭直後で気分が高揚しているのか、かなりの数のデザインが集まった。デザインを確定する投票の日は修学旅行の保護者説明会があり、正直それどころではない。説明会が終わり、個別の質問を対応し、業者の方とミーティングをして気付けば18時。

「今日中に注文しなければ、予行前日に届かない」

その日は土曜日で、日曜日を挟んで月曜日になると体育祭当日に届く可能性もある。

しかし、焦ってはいけない。型番号やサイズごとの枚数など間違いがないか何度もチェックし、LINEでやりとりしながら注文。最後に「11月20日に届くようによろしくお願いします」と念を押した。そう、11月20日に届くように念を押した。それは保護者集会で連呼した修学旅行の出発日である。

・体育祭Tシャツが届かない

 体育祭の準備はエントリーシート作成、有志企画など順調に進んでいる。あとは予行と当日のシミュレーションを行うため、ミーティングを何度も行った。このときは修学旅行の準備が大変で、食事場所の見直し、保護者からの質問への返答などに追われていた。当然、授業も行っている。そんな中でいよいよ予行が明日に迫ってきた。でも、体育祭Tシャツが来ない。11月20日に届くように念を押したTシャツが10月半ばに届かないのは当たり前である。もう一度LINEを確認して、そのミスに気付いた自分は立ち上がった。そして、座った。たしかに11月20日と書いてある。もうパニックである。このままでは体育祭Tシャツではなく修学旅行記念Tシャツを3学年に配布することになる。これを受け取る1年生と3年生はどうすればいいのだろうか。とにかく、業者にLINEで連絡をしなくてはいけない。スマホを取り出してメッセージを打つ。

「まだ、届いてないんですが」

なんと自分は、あたかもミスしていることを知らない人のフリをしてLINEをしていた。大事なことは事実を伝えて、対処すること何に保身に走る姿は本当に醜い。即、業者から折り返しの電話が来て、職員室にある小部屋で状況確認から始まった。業者の方は神のように優しい語り口でこれからの流れを説明してくれた。説明によると、今晩中に型を完成させて翌朝に自分がチェック。それを午前中のうちに工場へ持っていけば、その日のうちに完成し、勤務校の住所であればその日のうちに配送も行うとのこと。しかも追加料金なしである。

 ギリギリまで素知らぬ顔をして、最後には半泣きで「すみません」「おねがいいたします。」と電話でペコペコする姿は、ドジをして、母親に怒られながら始末をしてもらうしかない『ちびまる子ちゃん』のさくらももこそのものだ。

 説明通りのスケジュールでTシャツが勤務校に届けられ、無事に体育祭Tシャツは修学旅行記念Tシャツにならずに済んだ。電話でやりとりした担当の方が配送もしていただいたのだが、「本当にありがとうございます」という感謝の気持ちを伝えると、その担当の方はこう仰った。

「1000人の生徒様、一人ひとりの思いを背負って頑張らせて頂きました。」

 刺さりました。知らんふりして「届いてないですけど」とLINEをした自分の胸に突き刺さりました。本来であれば、生徒一人ひとりの気持ちを背負うのはあなたではない。担当である自分である。勝手に修学旅行と体育祭の日付を間違えて注文し、直前になって「何とかしてください」と泣きついてきた人間にここまで愛のある対応してくれるなんて人として差がありすぎる。うすうす感じてはいたが、この状況で冷静にミッションを遂行するこの人こそがトム・クルーズではないだろうか。そうに違いない。そう思うと、なんとなく顔だちも似ているような気がする。トム・クルーズは本当に「これはムリだろう」という状況でも何とかしてくれるのか。そんなことを考えながらトラックが帰るのを見送った。

 体育祭当日は最高の秋晴れ。けが人もクラスターも発生せずに終えることができた。生徒は制限のある中ではあったが満足しているようだ。自分はTシャツ業者のトム・クルーズの最後の一言が胸に刺さったままである。せめてもの償いとして授業や学校報などで今回のことを懺悔してまわっている。

スポンサーリンク