【図解】スパイダーマン×保健体育(欲求不満と適応規制)

保健の授業

こんにちは。ホケンタイイク246です。

今日もやりましょう。エンタメ×保健体育!!

スパイダーマンを取り上げていきたいと思うんですが、皆さんはスパイダーマンのことをどこまで知っているでしょうか。

スパイダーマンと言えばマーベルコミックスを代表する人気キャラクター。

マーベルコミックス?

そう言われてもピンとこない人もいるかもしれません。

日本にジャンプやサンデー、マガジンのような少年誌があるようにアメリカにもマーベルコミックスやDCコミックスのようなレーベルがある。ジャンプにはルフィ、サンデーにはコナンがいるようにマーベルコミックスにはスパイダーマンがいるということ。

そのマーベルコミックスに代表されるアイアンマンやハルク、キャプテンアメリカなどのキャラクターは同じ人から生み出されたと言われている。

マーベルの父=スタン・リーの方法論

マーベルコミックス の生みの親『スタン・リー』

このおじさん、マーベル映画のどこかに絶対ワンシーンは登場してくるウォーリー的存在。ファンはどこに登場するのかを探すのも一つの楽しみ。

でも、一人であんな多くのキャラを作り出す方法論ってどんなものなんだろうか。

スタン・リーは「スパイダーマンは自分の分身」とまで言い切っていて、スパイダーマンを通して「貧困」「移民」「女の子とうまく話せない」という自分自身の悩みをスパイダーマンの背景にすることで「そんな自分でもスーパーヒーローになれる」と伝えようとしている。

要するにマーベルのキャラクターはスタン・リーの中にある「欲求不満」をキャラとして昇華することで生み出されている。君たちはなにか欲求不満があったとき、どのように振る舞うだろうか。君たちは変えがたい現実を目の前にしたときにどのような行動をするだろうか。スタン・リーは漫画を通して世の中に訴えていこうとしたわけだ。

マーベルは敵キャラにもファンが多い

アメコミの世界では敵キャラをヴィランと呼ぶんだけど、ヴィランはもともと普通の人が多い。それが、裏切られたり、現実に耐えきれなくなったことで世の中に反撃するというキャラクターが多い。

あなたにはそんなことはないだろうか。友達に「お前だったら告白すれば付き合えるよ」とそそのかされて告白したらフラれたり、長期休暇が終わったらみんながUSJ行ってた事実を後から聞いたりしたことはないだろうか。

ヴィランというのは、そのときの「だましやがったな」「くそっ!!」という惨めさや悔しさ、恨みというような消化し難い欲求不満を胸に世の中に反撃する存在だ。保健の教科書的に言うと「攻撃」をしちゃう。

自分の実家のベッドと部屋のドアは破損している。いま思うとなんでそんなことでってことなんだけど、その時は行き場のない欲求不満をそこにぶつけるしかなかったんだと思う。だから自分にもヴィランの気持ちが凄いよくわかる。

このように映画を見ながら「この敵キャラ、俺じゃん」という共感を多くの人が抱き、敵キャラなのに知らず知らずのうちにファンになってしまうということが多いのもマーベルの特徴なんだ。

マーベルコミックスで学ぶということ

保健の授業でマーベルコミックスを取り上げるということはどういうことか。

  • ヒーローもヴィランも不完全な存在
  • ヒーローもヴィランも悩んでいる
  • ヒーローもヴィランも自分の正義を持っている

では、ヒーローとヴィランの違いって何だろう

こういったことを考えることで、自分が岐路に立たされたときに「どのように振る舞うべきか」が見えてくるのではないかと考えている。

前置きが長くなったが、スパイダーマン×保健体育をはじめよう。

目次

  1. スパイダーマンとは
  2. ≪保健視点≫ホームカミングでの葛藤
  3. ≪体育視点≫スパイダーマンになりたい
  4. まとめ

①スパイダーマンとは

ピーターパーカーは高校生

スパイダーの中身はピーター=パーカーという高校生。

スパイダーマンは中高生向けの思春期映画。

彼は放課後にニューヨークのビル街を糸で縦横無尽に動き回る。その姿は中高生が放課後にチャリをぶっ飛ばしてスタバに行ったり、塾をサボって公園でいちゃついたり、カラオケ行ったりっていう自分が住んでる近所を移動しながら日々を過ごしていくサマと同じ。

放課後の「今日はなにしようかな」ってのがピーター=パーカーにとってのスパイダー活動なんだ。

思春期真っ盛り

ピーター=パーカーは思春期ということもあって、悩み多き少年。

スーパーヒーローだからといって完全な存在ではないし、悩みも浮世離れしていない。どんな悩みかというと2つある。

  1. 父に認められたい
  2. 異性と仲良くなりたい

この2つに共感できる人は多いと思う。スパイダーマンは「父親を超える話」と「恋愛」の二本立てで進行していく。

多くの中高生にとって、親の存在は有難さもあるけれど、面倒くさい存在でもあると思う。「反抗期」という言葉があるように自分のやりたいことと親の意見が食い違ってケンカしたり、口を利かなくなったりした経験はないだろうか。自分はなくても周囲にそんな人は1人か2人はいるはず。

ピーター=パーカーには父親はいないけど、代わりにアイアンマンのトニー=スタークが父親代わりになってスーツを渡したり、任務を与えたりしている。それと同時に「お前にはまだ早い」とピーター=パーカーを管理する。

「子ども扱いするな」「僕はこんなことはできるんだ」とアピールすればするほど空回りするピーター=パーカー。そんな中で、どう問題と立ち向かうのか。そこがスパイダーマンの見どころになる。

成長物語

スパイダーマンは基本的に3部作。

(第2弾のサムライミ版のスパイダーマンは不評で2作で終わってしまったけど)

3部作を通してピーター=パーカーが成長していく話になっている。

ピーター=パーカーはスパイダーマンという能力を手に入れた。その能力はニューヨークを気分よく移動するためだけに使うのではなく、誰のために何のために使うのかが彼にとっての課題だ。

これは思春期を迎えたすべての人に共通している課題でもある。自分の体が成長し、自分はどのように生きていくのかを考え始めるのが思春期と言えるだろう。そこで「自分は何に向いているのか」「人生で何を達成したいのか」「何を目的に生きていくのか」ということで悩み苦しむ姿はピーター=パーカーそのものなんだ。

ピーター=パーカーはその中で責任を果たすごとに人間的に成長していく。恋愛は決してうまくはいってないけど、「こうやって生きていくんだ」という腹が決まってイイ男になっていく。

結局は悩んだとしても腹を決めて行動できるかどうかが人の価値を決めるんじゃないか。

スパイダーマンを見ているとそう思う。

②≪保健視点≫ホームカミングでの葛藤

スパイダーマンを保健体育的視点で見ていこう。

これこそがこの記事の本題。

P64男性と思春期「射精とクモの糸」

思春期の少年が欲求不満の中、白い液体を出す。

これは射精のオマージュだと言われている。

サム・ライミ版のスパイダーマンでは手首から糸が出る設定になっていて、糸を出し過ぎるとタンパク質を補給するシーンまで出てくる。これ以上何をいわんやである。

そう考えるとニューヨークのど真ん中で糸を出して気分良くなってるってクレイジーすぎて笑えない。でも、少年の欲求不満と射精は切っても切れない関係であることには違いないことをスパイダーマンは教えてくれる。

P39欲求不満と適応規制「ピーター=パーカーの欲求不満。そして葛藤。」

ピーター=パーカーの欲求不満は2つ。

  1. 父親に認められたい
  2. 異性と仲良くなりたい

ホームカミングでは2つのうち1つしか選べない状況にスパイダーマンは立たされてしまう。

2つ欲しいものがあって、1つ選べば、もう1つはあきらめなければならない。その選択に悩み苦しむ。

このことを『葛藤』という。

ピーター=パーカーの葛藤

父親か

恋愛か

あなたならどっちを選ぶ?

ピーター=パーカーは自分なりの答えを出して、行動する。

なかなか踏ん切りをつけるのは難しい。そこを決断して行動するからカッコイイのである。

③≪体育視点≫スパイダーマンになりたい

「スパイダーマンになりたいな~。」

なれますよ。

「でも、難しいんでしょう?選ばれた人だけなんでしょう?」

いえ、違うんです。誰でもなれますよ。

「そうなの!?でも、お高いんでしょう?」

いえ、体ひとつあれば大丈夫です。

テレビショッピングのようなやりとりをしてしまいましたが、スパイダーマンになるためのトレーニングがあるんです。

しかも道具不要で!!体ひとつあれば大丈夫。

それがコイツだ!!

うん。

スパイダーマンは体幹を鍛えたらなれるそうです。

きみも信じてトレーニングしよう!!

④まとめ

親愛なる隣人

数あるアメコミのキャラ。中でもスパイダーマンが人気ナンバーワンなのはみんな思春期を経験していて共感できる点が多いからだ。

「あなたの親愛なる隣人」

このようなキャッチフレーズがつけられるほどの親しみやすさが最大の魅力。

体が強くない・異性とうまく話せない・貧困など共通点がある人はみんなピーター=パーカーだ。

イケてない思春期を過ごした自分でも、決意して何かと戦えばヒーローになれる。

そう思わせる魅力がスパイダーマンにはある。

大いなる力には大いなる責任がともなう

大人に近づくにつれて、自分の才能に気づく人もいるだろう。

その才能には責任が伴う。

これがスタン・リーの主張だ。

才能あふれる人は多くのひとを救う力を持っている。だからこそ、その力は個人のためだけでなく世の中のために使うべきだということ。

表舞台に立つのはしんどいしキツイ。嫌なことばかりが待ち受けているかもしれない。内閣総理大臣なんか常に監視され、失言は許されず、批判の的だ。

それでも、大いなる力を持つ人はその力を世の中のために使うべきだという思いをスタン・リーは作品に込めている。

マーベルのスーパーヒーローは完璧な人はいない。不完全な人ばかり。でも何か秀でているものがある。それを世の中のために使うことでヒーローとしての役割を果たしている。自分が死ぬかもしれないのに。

あなたは今後、どう生きていくのだろう。

ぜひ、あなたの才能を世の中のために使ってほしい。

たぶん、その姿はスパイダーマンそのものだ。

今日のエンタメ保健体育はここまで。最後まで読んでくれてありがとうございます。

では、ごきげんよう。

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