鬼滅の刃を読んだ教師が、高校三年生に告ぐ。

エンタメ×保健体育

鬼滅の刃を2021年になって一気読み。



そのテンション冷めやらぬうちに、まとめてみると中高生にとって学ぶべき点が多い作品だと気づく。

さまざまな視点があるが、今回は受験や部活の最終局面を迎えようとする新高校3年生が目の前にいるイメージで書いていきたい。

テーマは「守破離」「強さ」「鬼と人間」の3つになる。

この記事は私立体育会系の教師が受験生に送る全力メッセージである。

目次

  • 守破離の基本
  • 強さとは何か
  • 鬼とはなにか
  • 鬼と人間
  • 最後に

■守破離の基本

・鬼滅の刃は典型的なジャンプ漫画だ。

・「友情・努力・勝利」という公式ではないもののジャンプを象徴するキャッチフレーズがある。この漫画も例にもれず、主人公が「人とかかわりあいながら(友情)、修行を積み(努力)、敵を倒す(勝利)」というシナリオで構成されている。

・その「努力」の部分である修行のシーンは、生徒の立場であれば合格のために行う受験勉強や部活動で勝利のために行う練習にあたる。

・未熟な炭次郎は鱗滝という師匠の元で修行を積む。その修行は日本の茶道や武道における過程である「守破離」に通じているものだ。

・鱗滝の修行は第一段階として「教えられたことをきっちり”守る”」ことが求められる。まずは何も身についていないところから、手順を教わり、型を繰り返すことで基礎的なものを叩き込む段階である。

・第二段階は「課題をクリアする」ものに変わる。手順は示されず、いままで習ったことを応用して課題に挑む。教えを守る段階から、その殻を”破る”段階へと移る。

・最後は「試験に合格する」という段階である。試験を突破すれば、鬼殺隊として戦っていくことになる。それは鱗滝という師匠から”離れる”ことであり、自立を意味する。炭次郎が鬼殺隊の試験に合格し、禰豆子と旅を始めたとき、鱗滝による守破離の修行がすべて完了したのである。

・勉強もスポーツも基礎の上に応用がある。その基礎は師匠と言える存在の教えをまずは守ることからはじまる。師匠の言われたことができたら、自分なりに応用し、オリジナルに進化させる。

・世の成功者はみんな個性が強いオリジナルな存在だ。しかし、そのベースには基礎が詰め込まれていることを意識してほしい。成長し、自立できたとき、振り返るとそこには「守破離の道筋」がある。

■強さとは何か

・鬼滅の刃では強さが5段階に分かれている。

・まずは「一般人と鬼殺隊の壁」である。鬼と戦えるだけの基礎的な能力をもっているかどうか。この壁を突破できるかどうかが序盤の見どころでもある。受験であればセンター試験で得点できなければ「足切り」されるし、部活でも基礎的な能力がなければ駆け引き以前の問題で勝負にならない。

・次に「呼吸を習得できるか、できないかの壁」である。鬼殺隊となれるだけの基礎能力がありながら、呼吸を習得できる者は限られている。センター試験を突破しても2次試験が楽勝というわけではないし、体力をつけたからといってフォークボールが落ちるわけではない。

・3つ目の壁は「常中をみにつけるかどうか」である。高い集中力を維持し続けることができるかどうか。凄い人は集中を維持できる。淡々と継続できる。勉強にしても部活動にしても熱中するだけでなく熱中し続けることで実力になっていく。

・4つ目の壁は「オリジナルの型を生み出す」。これまでの型に独自のアレンジを加えて新しい型を生み出すことで現状を突破する。

・最後は「痣者」になれるかどうか。至高の領域に達すると体に痣ができる。その領域になれば相手が透明に見えて、攻撃すべきポイントがわかる。試験においても部活の試合においてもゾーンに入れば相手の意図がわかるといわれる。その領域に入れば恐れるものはない。

・ドラゴンボールでもハンター×ハンターでも同じようなステップを踏んで主人公は強くなっていく。この流れをイメージしておこう。

■鬼とはなにか

・この漫画の特徴として、鬼はコンプレックスの塊。主人公が敵のコンプレックスを解決することで敵が成仏することが繰り返される。

・この鬼はどんなコンプレックスをもっているのか。どのように成仏するのかが見どころのひとつ。

・生まれながらの鬼はいない。元々は人間だったが、「今の自分に耐えられない」「理想の自分になりたい」と現実に絶望しているときに悪魔の契約を交わし、鬼となっていく。

・家族がほしくて、疑似家族を作る鬼が登場する。その鬼は恐怖と報酬で徹底的に管理する。クレヨンしんちゃんのネネちゃんによる「リアルおままごと」と一緒で怒られるのが怖いから仕方なく付き合っているだけで、そこに心のつながりはない。

・このように鬼は自分の理想を実現するために、力で支配しようとする。傍からみれば統率のとれているように見えるのだが、そうではない。

・鬼の理想は実現されず、さらに支配力を高めようとすればするほど鬼は孤独になっていく。

・エスカレートすればするほど、醜い姿になっていく。それを主人公は気付かせる。「俺はなにがしたかったんだろう」と人間だったときの気持ちを思い出し、成仏していく。

・抗えない実力差、ちょっとした気の迷い、思い通りにいかない現実。そのときにどのように立ち振る舞うかが人間の矜持とも言える。

・真面目さや強さも大事だが、「品格」がないと、間違った道に進む可能性もある。その選択をしてしまったのが鬼という存在である。

■鬼と人間

・煉獄と猗窩座という映画でも描かれた戦いでは鬼と人間の違いを説明している。

・鬼は疲れない。すぐ再生する。老化せず、死ぬことはなく、ずっと鍛錬できる。ずっと強くなり続ける。

・人間は疲れるし、傷の回復は遅い。老化して死んでいく。時間が限られ、強さに限界がある。

・鬼はスパコンと同じ。チェス専用のスーパーコンピューター「ディープブルー」は疲れることなく鍛錬し続け、誰一人として人間が敵わない強さを持つようになった。

・スパコンはただひたすらにチェスを鍛錬し続け、強くなり、勝つためだけに存在する。喜怒哀楽もなく、淡々と強くなる。そして誰よりも孤独な存在だ。

・人間には限界がある。スパコンのように一瞬で何百通り何千通りの計算を行うことはできない。では、AIに人間は勝てないのかというとそうではない。

・近年、スパコンを凌駕したとして話題になったのは藤井聡太八段だ。2020年7月、タイトル戦の一つである棋聖戦において多くの棋士が驚いた一手はAIが4億手を読んでも候補に入らなかった。しかし、6億手を読んだ時点で最善手に認定された。藤井八段の読みはAIを凌駕していた。

・将棋の世界では「矢倉」「穴熊」などの基本的な型に加え、「大局観」という戦局を読み、大まかに攻め方を絞る直観を使うと言われる。

・この「大局観」はすべて計算して確率で判断するAIには使えない。さまざまな経験から導き出された直観で、人間だからこそ使えるものと言われている。これは、この漫画での「痣がでた状態」と同じである。

・勝負の場では確信に似た直感が出るか出ないかで結果は大きく変わるだろう。正解に導くひらめきは日々の鍛錬と豊かな感性がベースとなって生み出される。

・藤井聡太は「痣者」。彼はどのようにして至高の領域に達したのか。

■鬼を克服した人間

・この漫画は鬼と人間の戦いであると同時に、鬼をどう克服していくかという話でもある。

・この漫画の中心にいる炭次郎と禰豆子は鬼を取り入れ最終的には克服していく。

・藤井聡太は子供の時からAIを活用して鍛錬してきたと言われている。彼はAIを敵対するものではなく、共存し、自分の力に変えてきた。

・ドラゴン桜という東大を目指す漫画の第二段が始まっているが、スマホを活用し自分の足りないところを分析し、適切なアプローチを行うことで課題を克服していくことが描かれている。

・野球の世界では「ラプソード」というソフトで一球一球投げたボールを分析して、自分のレベルアップに生かすことが当たり前のように行われている。

・デジタルデバイスは脳をハックして、不健康にしてしまうと言われる。そのマイナス点をいかに克服し、自分の力に変えることがこれからの時代には求められている。

・スマホを使って学力を上げ、技術を向上させるのか。逆に時間を浪費するのか。無惨の悪魔のささやきを振り払う「品格」があれば克服できるはず。

・君は鬼に落ちてしまうのか。痣者レベルにまで己を高めるのか。1人では無理かもしれないが友情と協力してほしい。命には限りがある。ぜひ精一杯やり切って欲しい。

■最後に

・自分は鬼殺隊事後処理部隊の後藤が好き。後藤になりたい。

・弱さを受け入れ、やれることをやる。強いものに年下であっても尊敬の心を持つ。強烈なツッコミができて、自虐ネタもできる。優秀なラジオパーソナリティになれる資質を持っている。

・自分なりに頑張っても頂上に行き着く保証はない。自分なりの立ち位置を見つけ、その場所で感じることを表現することができれば幸せではないか。

・自分を高めることは大事なのは間違いない。でも偏差値の高さで人の価値や幸せは決まるわけではない。そこに囚われて己を失っては鬼と一緒だ。そんな視点も持っておいて欲しい。


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