厳しい指導とは何か

こんにちは。ホケンタイイク246です。

今回は指導論について考えていきたいと思います。

先日、高校3年生が受けた模試の成績が返ってきました。その成績を見ると、ある生徒の成績が格段に伸びていることを発見しました。その生徒は僕が中学2年生から高校1年生までの3年間担任していたのですが、そのときの成績は学年でも最下層。理由は単純で、いわゆる「怠学」というやつです。中高一貫校の典型的な中だるみをしていた彼は成績下位者として定着していました。

そんな彼も、高校1年生となり勉強に取り組み始めます。部活のサッカー部をやめ、塾に通い始めました。部活までやめる必要ないのにと勝手に思っていましたが、それが彼なりの決断だったのでしょう。それから頻繁に職員室に数学の質問に来るようになります。

この学年には『数学柱』と呼ばれるベテラン教師がいます。京都大学の進学実績がえげつない某公立高校で長年勤めておられた先生です。いわゆるスペシャリスト。この先生に彼は果敢に挑んでいきました。

質問のやり取りはだいたいこんな感じです。

柱「なんで、こんな式になるの?説明して」

柱「何を言いたいのかわからん。これは説明できる?」

柱「これがわからないようじゃ話にならん」

柱「まずはここからやらなアカンな」

高校数学の話をしていたはずが、気付けば中学数学の復習の話になっている。そんなやりとりを何度も横でやっていました。これは、いま解けない問題を解けるようにするにはどんな基礎知識が必要なのかを探る作業です。たどりついた問題点から逆方向に進めば問題が解けるようになるわけです。

言うのは簡単ですが、授業が進んでいく中で復習も進めることは簡単ではありません。あまりに自分の位置が低すぎると頑張る気力すら沸かないこともあるでしょう。むしろ大半の人は「どうせ俺にはムリだから」と言って数学をあきらめてしまうものです。僕は高校1年で諦めました。でも、彼は諦めなかった。コツコツと問題点をつぶしていった。その結果として成績が上昇したわけです。

くり返し質問に答えてきた先生に「成績上がりましたね。先生のおかげですね」と声をかけると。嬉しそうに「最近は質問がまともになってきたからね」とだけ答えてくれました。

この先生は理路整然と何が足りないか、何をしなければいけないか、目標に対して何ができていないとダメかハッキリというタイプ。生徒によってはダメージを受けて帰ってしまいます。ぐうの音もでない正しさに打ちひしがれるわけです。でも、彼は成績を伸ばしてきた。そんな姿を見て「厳しい指導とは何か」を考え直そうとおもいました。

厳しい指導とは

「厳しい指導/厳しくない指導」この違いは何でしょうか。

彼と数学柱のやりとりを横目でみていて学んだことは「怖い指導(声を荒げる指導)/優しい指導(声を荒げない指導)」ではなく、「現実的な指導(論理的な指導)/非現実的な指導(夢を語り奇跡を信じ、道徳や人間性で片付ける指導)」である。

「問題が解けない理由はコレとコレとコレができていないから。それができないうちは不可能。」そう言い切ることが本当の厳しさなんだと。それを解決しない限りはいつまでたっても同じだよと。

その厳しさは、生徒にとっては直視しないといけない現実でキツイんだけど、ハッキリとした道しるべでもある。

一方で、「お前は授業中に寝ているからできないんだ」「遅刻が多いからダメなんだ」とここぞとばかりに普段の生活をチクチク指摘して、日常生活から整えろとしか言えない指導は”ウザい指導”であって、生徒の道しるべにはなりません。

また、成績下位者は大学入試や将来の目標など持つことは難しい。ある程度「できる」という自信があるから目標を持てるわけで、そんな生徒に「目標を持たないからダメなんだ」と言ったところで低い目標しか持てなくなってしまいます。

そして、そのような指導をしてしまう先生は”よくわかってない”ことが多い。何をどのくらい、いつまでにできていないとダメなのかがわからない。そのような先生は、できる生徒から舐められて、できない生徒からは「あいつわけわからん」とスルーされています。結果的に怒鳴る方向に進んでしまうのです。

厳しさとは、クリアしないといけないラインなのかもしれません。

あなたは授業で「最低コレはできないと話にならない」という基準をもっているでしょうか。

顧問をしている野球部には「ピッチャー(少なくともバッティングピッチャー)ができなければ試合では使えない」「打者はストレートマシンでネットに当てる」という基準があります。(なぜ?というのは長くなるので割愛しますが。)その基準を満たすためには「このような体の使い方を覚えないといけない」「トレーニングでこれぐらいはこなせるようになったほうがいい」と練習を与える。選手はそれに食いついて練習をする。成果とともにチーム力が上がる。それを見ている後輩も必死になってやり始める。

このようなサイクルで野球部は回っています。

体育の授業や担任としても、明確な基準をもって取り組むことで、その場を優しいことばで凌ぐのではなくて、厳しいけれど生徒がどんどん自信をつけられる指導ができるかもしれません。

やはり、日々精進。終わることのない修行しかありません。

あしたからも生徒のために汗をかきましょう!!

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