【生活指導の判断基準】学校は社会より許容範囲は狭い

こんにちは。ホケンタイイク246です。

きょうは臨時職員会議がありました。

生徒に対する処分案件がある一定以上になると生活指導部だけでなく、

臨時職員会議を開いて職員全員で処分案を決定するというルールがあるからです。

ここでは起こったことの詳細ではなく、会議中に出された意見や質問などによって自分があらためて考えさせられたことについて書いていきたいと思います。

テーマは「学校は社会より許容範囲は狭い」ということについて。

多くの学校では制服・制カバンなど決められたルールがあります。校則とも言います。

それは法律的には何の問題のないことであっても、校則に違反していれば指導の対象となります。

『ブラック校則』という言葉が、世間をにぎわしています。

LGBTなど多様性を認める流れの昨今においてあまりに理不尽なルールを見直そうという動きがニュースなどでも聞かれるようになりました。

「こんな校則は無意味だ」

「私たちの選択肢を奪っている」

「個性を尊重しろ」

そんな意見がいま大きな力を持っているように思います。

そんな声をあげることは無意味と思われていた時代からすれば大きな前進です。

女性が虐げられる社会、身体的性別で性別を判断する社会、自分の能力を発揮できない社会

それは世界からなくなっていくべきだと思います。

しかし、それは「何でもオッケー」な社会とは違います。

今日の臨時職員会議で校長は

法的に問題のないことが、学校では処分されることがある。

これは学校のスタンスや学校で学ぶことの目的をもとに校則は作られている。

本校は進学校として学業に打ち込む環境をつくることを最優先に考えている。

結果として望ましくないことを引き起こさないためにしておくべき

このように仰いました。

目標達成のためにいろんなものを制限してやるべきことに集中する必要があります。

これは大人であっても同じです。

オリンピックでメダルをとるために練習に励む選手

甲子園を目指して野球に打ち込む選手

東大を目指して勉強する学生

いろんな選択肢のなかから「目標を達成できるための選択」を行い、取り組んでいるはずです。

勤務校である私立学校は進学高です。

偏差値の高い大学に入ることを目的に入学してくる生徒がたくさんいます。

そのことに対して嫌悪感を持つ人もいるでしょう。

それはそれなのです。

ハッキリと目標を掲げて、制限をかけることが目標達成には不可欠で、それがこの学校の個性なのです。

社会の流れと学校の個性

そのバランスをとりながら選ばれる学校であること。

それが私学の生き残りのポイントだと考えさせられました。

学校の制服や制カバンは「そんなことを考えてる暇があれば、勉強せよ」というメッセージでもあるわけですね。

制服自由の校則が緩い学校が近所にあるのですが、自律してない生徒はどんどん堕落していくという話を勤務している先生から聞いたこともあります。

まだ親の庇護にある子供たちにどこまで自由を与え、管理するのか。

そこに答えはないですが、各学校はそれぞれの理想の元「こういう風にやります」と言えるものを作っておくことが大事ですね。

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