Number1038 フリーランス系アスリートの台頭

保健ネタ

こんにちは。ホケンタイイク246です。

楽天マガジンの中にNumberというスポーツ雑誌があり、東京オリンピックで活躍しメダリストとなった若者が特集されていました。

特集のタイトルは「新しいメダリストのつくり方」です。

ここには「昭和・平成ではなく、令和という時代に活躍する新しい世代」という意味もあれば、「かつてのスポーツ文化とは違う新しい背景を持ったメダリスト」という意味もあ理ます。

オリンピックでメダルを獲得した若者が、どのような背景を持ち、どのような環境で才能を開花させたのか。記事を読みながら整理し、新しい時代のアスリート像について考えていきたいと思います。

メダリストの記事を4つの観点で整理してみました。

小学校時代からどっぷり競技にハマっている

小学校時代は遊びたい盛りで習い事と言っても週に1~2回程度が普通でしょう。でもプロを目指していたり偏差値の高い学校に進学したいなど目標がある場合は小学生であっても毎日鍛錬を積むのはよくある話ですね。

記事を読むと、若くしてメダリストになった選手たちは基本的には師弟関係のもと基本を叩き込まれている。(四十住さくら選手と五十嵐カノア選手は記述がないため不明)

とくに家で練習ができる卓球選手は逃げられない環境だったようで、水谷選手は卓球の道を進まなければいけないことを友人に愚痴っている様子もありました。

基本あっての応用。その基本をいつ叩き込むのか。若くしてメダリストになる選手たちは小学校時代だったということだ。

練習に打ち込んだ環境

体操やサッカー、野球などストリートではできないスポーツはどこかのチームに所属するしかない。そのため師弟関係(上下関係)のもとで鍛錬を続けてきた記事が目につく。

このようなスポーツで名を上げるには「どのチームに所属するか」「どの学校に入学するか」が大事で、自分に合う指導者に出会えるかそうでないかで伸び率が大きく変化する。

松坂大輔は野球エリートが集まる横浜高校でありとあらゆるプレーを叩き込まれ、完成された状態でプロ入りした。だからこそ高卒で最多勝を獲得し、20代で通算154勝もした早熟の天才。松坂の活躍は高校時代の英才教育の賜物だろう。

大谷翔平は花巻東時代にレントゲンを撮り「骨端線が閉じてないので、まだ身長が伸びるからトレーニングはやらせない」など目先の甲子園ではなく大きく育てる方針の野球部に所属したからこそ大きく育つことが出来た。また「二刀流を認める」という日本ハムに入団したからこそ彼のオリジナリティを世界に示すことが出来た。

良くも悪くも所属チーム選びが将来に大きく影響するのが「チームに入らないと、その競技を行うことができない」タイプの競技の宿命だろう。

逆にスケボーやサーフィンなどストリートでできる競技はチームに所属せずとも行うことができる。

ただ、両方とも練習できるパークやビーチがどこにでもあるわけではないため「近くにスケボーパークがあった」「ビーチの近くに住んでいた」という要素が不可欠である。

スケボーはアスファルトがあればどこでもできるのだが、近隣住民とのトラブルも絶えない。やはり集中して競技に打ち込むには、専用のパークが近くにあるかどうかは大きな要素になる。

それにしても五十嵐カノア選手のカルフォルニア州のビーチ沿いに住み、そこでサーフィンするなんて西海岸すぎるライフスタイルに嫉妬しかない笑

両親との関係・距離感

卓球は家でできるため、両親による徹底指導が多い印象である。福原愛選手も水谷選手、伊藤選手も小さい時から家で競技に打ち込んでいた。(記事には出ていないが張本選手も同じである)

まさに「巨人の星」スタイル。そういう意味で卓球メダリストは一家が団結してつかんだメダルということになる。

体操や野球などはチームに所属してプレーするため、親が徹底指導するということはない。そのため送迎や食事などの世話で関わることが多くなる。まさにサポートという形で関わっている。

スケボーやサーフィンは師弟という上下関係とは逆で、一緒に競技を楽しみ、よき理解者である印象を受けた。

五十嵐カノア選手は両親がサーフィンをしている環境で育ち、堀米選手は父親のスケボー仲間に入れてもらう中で技術を磨いた。

これは野球でいうと父親の草野球チームに混じってプレーしているうちに世界に通用する選手になったようなもので、そんなストーリーを持った選手は聞いたことがない。

10代から戦場は世界

どの競技でもそうだが、世界を目指して努力するアスリートが年々増えて、なおかつ低年齢化している。

だからこそ、目標が高くなり「もっと、もっと」と練習に打ち込むので競技力が伸びていく。

若くしてメダリストになった選手たちはオリンピックでいきなり勝ったのではなく、中学生ぐらいから世界を舞台に戦っているのである。

いま、予備校で通っている学生に世界を目指している人はどれくらいいるのだろうか。日本の大学に受かり、日本の企業に就職するという発想を持っていることがほとんどではないだろうか。

目の前の勉強はどこにつながっているのか。世界に目を向けて取り組むことが全体のレベルを大きく向上させることにつながるのだと思う。

新しいメダリストとかつてのメダリストの違い

ここまで記事の内容を4つの観点でまとめてきたが、結局「新しいメダリストのつくり方」とは何なんだろうか。

それは「フリーランスの立場でのし上がっていける方法」である。

これまでは、どこかのチームに所属し師弟関係の下で鍛錬を続けてきた選手が結果を出すことができる時代だった。また、そのような競技しかオリンピックでは採用されなかった。

東京オリンピックではスケボーやサーフィン、BMXが採用され、次のオリンピックではブレイクダンスも採用されることが決まっている。このようなストリートカルチャーが採用されることで今までとはちがうスタイルで鍛錬してきた選手がオリンピックの舞台に立つ時代になった。

五十嵐カノア選手はビーチ沿いに住み、

堀米選手は単身アメリカに乗り込み、

四十住さくら選手は倉庫をスケボーパークに改造した。

チームではなくフリーで活動し、大会で勝つことでスポンサーを獲得する。そのようなフリーランス的な生き方をしているアスリートということだ。

だれに守られるわけではなく、自分で未来を作り上げていくアスリート。

そのような生き方は当然リスクもあり、結果が出ない場合もある。そのときに誰も守ってはくれない。

でも、それでいいのだろうか。

大きな組織に所属していると管理されるが保障がある。フリーランスは自由があるけど保障はない。

そのようなゼロかヒャクの発想ではない世界を作る必要があるのではないか。

日本社会は「働き方改革」や「副業ブーム」が起きているが、アスリートも同じように組織に所属しながらフリーランス的に活動することが盛んに行われるのかもしれない。

これからのアスリートの在り方がストリート系スポーツの躍進とともにどのように変化するのかはわからないが、東京オリンピックが新しい扉を開けたことは間違いないと思う。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

明日からも生徒のために汗をかきましょう!!

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