【ハライチ岩井勇気】話し方のヒント

保健ネタ

こんにちは。ホケンタイイク246です。

やっと余裕が出てきたので、ブログ活動を再開していきたいと思います。


自分は楽天マガジンに数年お世話になっている。デバイスでお得に雑誌を読む方法としてはAmazonアンリミテッドもある。しかし、Amazonアンリミテッドだと10冊までしか保有できないので読みたい雑誌があると削除するものを選ばないといけなかったり、ダウンロードしたあとにkindleのアプリに戻ってダウンロードしてからでないと読めない。

その点楽天マガジンは新刊がズラッとならんで選びやすいし、ダウンロードしたらすぐ読める。などなど利点も多く、1か月380円はコスパ最高ということでヘビーユーザーとして今後もインプットに活用していきたい。 

さて、そんな楽天マガジンで『ダ・ビンチ』という雑誌の新刊にお笑い芸人のハライチ岩井勇気さんのインタビュー記事が掲載されていた。

見開き2ページの記事ではあるのだが「もっと喋れるようになりたい」と思っている自分にとってはパンチラインの連続で完全にノックアウト。左右のパンチにボディも食らって立ち上がれない。「だから俺はダメなのか」という納得感。

今回はどんなパンチラインを食らって立ち上がれなくなったのか説明していきたい。

ちゃんと説明する

一言さんお断りは嫌い。「小さい世界で調子に乗るな」と思ってしまう。だから、ちゃんと説明する

やはり売れっ子の芸人は冒頭での説明がうまい。

そこに居る人に同じ風景を見せることができる。だから誰も置いてけぼりにされない。

学校生活で内輪話をされて疎外感を受けた、

合コンで相手グループだけが盛り上がってこっちはめっちゃ寒い、

なんてことが今までなかったでしょうか。

芸人は、その日に劇場に来てくれた人、テレビのチャンネルを合わせてくれた人を笑わせるのが仕事です。

そんな彼らは冒頭で簡潔に状況を説明することに長けています。

それはハライチでも同じで、やはり意識してやっているのことがわかります。

自分は5年間学年を持ちあがってきて「何となく通じるだろう」という気持ちがどこかにあったように思います。

それが当たり前と思ってしまうと負けなのです。

「小さい世界で調子に乗るな」

このフレーズに今の自分はドッカーンと顔面にパンチを食らいました。

自分の意見を言う。

自分にウソをつくと乗れなくなるからしない。普段使わない言葉は漫才では使わない。ラジオでも演じている人のラジオは聴いていてつまらない。 

いまはどこからどんな批判が飛んでくるかわかりません。

だから、いろんな方面に気を使いながら当たり障りのないことを言うことに終始しがちになってしまいます。

しかし、生身の人間が感じたことを表現することもとても大事なことだし、それができてこその話し手。

一般論をちゃんと説明し、その上で「自分はこう考えちゃう」と自分の意見を言い、最後に「だからダメなんですけどね」という一般常識の間に独自の意見を入れるサンドウィッチスタイルを採用すればラジオの切り抜きのようなことをされない限り炎上することはないでしょう。

面白い話をする人は正直に自分の意見を言う人ばかり。そんな人に憧れているし、そんな人にこそ価値があると僕は思っている。(ぜんぜん出来ていないけど)

当然批判を受けることもあるのですが、そこが一流は違います。

主導権を握ってんのは誰?

僕は自分が面白いと思うものを出しているだけ。だから周囲が面白いと思うか思わないかはどっちでもいい。よくネタに「あんな面白くないネタを決勝でやりやがって」ということを言う人がいるが、そうやって怒るのも、面白いと思うのも、色んな感情を動かしてんのは俺だから。とは思っている。 

賞賛も批判もない表現には価値がない。そういうことです。

このブログには批判コメントも賞賛コメントもつかないブログです。

岩井勇気に言わせればそんなブログは価値がないのです。

「俺は無価値なことに時間を費やしていたのか・・・」

読みながらボディを食らってダウンしそうになりました。

意見を言えるまで考えているか

トークのために何かするとかはない。 解像度を高くする。「なんで腹が立ったんだろう」と掘り下げていく作業はしている。 

じゃあ価値のある表現を。

と思っても簡単にできるようになりません。簡単にできれば苦労しない。

それには自分の感情に正直になり、「なぜ、そう感じたのか」というふわふわした段階から、「なぜ、そう考えたのか」という具体的でロジックの成立する段階まで昇華させる必要がある。

これがネタを書ける人と書けない人との違いであり、

面白い人とそうでない人との違い。

ストックフレーズやパターンに当てはめるのがうまいのではなく、

気になったモノに対しての掘り方が違う。

独自の視点を持つには

結局、独自の視点を持つにはどうするか。

自分の持っている偏見を合理化する。

本来知性とは偏見を知性によって相対化して偏見を溶かすためにある。

頭のいい人同士の会話がつまらないのは、知性があるから。

一般論ばかりだし、どんなことでも相対化して受け身を取れるから。

(いまの教師はこれだけに終始している)

独自の視点とはあくまで偏見である。

それを合理化して「人の心を動かす」ことができるようになれば「独自の視点を持った人」という称号が与えられる。

だからと言って不必要に人を傷つけてはいけないし、言ってはいけないことは言ってはいけない。

その中で芸人はきょうも面白い。

ノックダウンしたけれども、もう一度立ち上がりいままでとは一味違う話ができるようになりたい。

最後までお読みいただきありがとうございました。

明日からも生徒のために汗をかきましょう。

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